<彩北>の弁護士 村岡到
今朝(2002年5月11日)、朝刊を開いたら、「ひと」コラムに「検事正から最北端過疎地の『ゼロワン』弁護士になった・吉岡征雄さん」の笑顔が輝いていた。初めて知る方である。「ゼロワン」とは何だろうと思って本文に目を移すと、まず「弁護士過疎の代名詞だ」と説明してある。この言葉を知らなかった私もそれほど恥じることはないのだなと安心して、先を読むと、「全国に2003ある裁判所支部の管内で、弁護士がゼロまたは1人しかいない地域」が64カ所あると教えられた。吉岡さんは検事一筋に歩んできて、昨年、広島地検を早期退職して、北海道稚内市に単身赴任で「彩北法律事務所」を開設した。「最北の地に彩りを」願って名付けたという。吉岡さんは58歳だから、私と同年齢である。
大阪では暴力団と癒着していたとんでもない検事正(公安部長)が話題になっているご時世に、このような方が「カニやウニで相談料を払う人も少なくない」という地域の人々の法律相談の心強い支えになっている。思わず胸が熱くなる。
この方が検事としてどのような仕事をしたのか知る由もないが、私はこのような方こそが<連帯社会主義>の担い手なのだと思う。はなはだ勝手な思いこみで、ご本人には迷惑かもしれないが、やはりそう考える。このような方の生き方、存在を尊重することなしに、人類の未来はない。ということは、社会主義の希望もそこにあるということだ。
もう一つ考えた。2年前に読んだ『自由の法理』(有斐閣)を思い出した。この著作は尾高朝雄追悼論文集で、そこに収録された三日月章の論文に、日本には弁護士が極端に少ないことが重要な問題として指摘されていた。法哲学について深遠な難題を追求することも重要であるが、弁護士が少ないという司法の実態にも目をむけることが大切だと説いていた。
私は、法にかかわっているこの二人の人物の在り方――と言っても単に小さな断片を知っているだけだが――を対比して、理論と実践という古くから提起されている問題をまた考えた。まったく両立できないというわけではないであろうが、日常の法律相談に忙殺されていては、法理学の論文を執筆する余裕はないだろう。論文の執筆に精を出す位置に身を置けば、ウニを片手にした人の相談を受けることはできない。しかし、二つの仕事はどちらも甲乙つけがたく必要であり大切ではないだろうか。有限でしかありえない人間は、いずれかを選択する以外にないが、他方を排するのではなく、時に他を思いながら、わが道をゆくいがいにないのであろう。ただ、私たちが目指すべき理論・思想は、<彩北>とどこかでつながっているのでなければならない。
さらに、大正時代に「生存権」を説いた牧野英一の「最後の一人の生存権」――先日『カオスとロゴス』に再録した――の最初に出てくる、彼が訪れたキリスト教の「一羊会」も北海道の北見にあったことを思いだした。
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