村岡到:日朝平壌宣言を活かす道――<迎合と非難>の両極こえ、緊張緩和を
9月17日、晴天の平壌に小泉純一郎首相は足を踏み出し、朝鮮民主主義人民共和国(北朝鮮)の金正日国防委員長と首脳会談を行い、双方は「日朝平壌宣言」を取り交わした。「日朝平壌宣言」は、まず「両首脳は、日朝間の不幸な過去を清算し、懸案事項を解決し、実りある政治、経済、文化的関係を樹立することが、双方の基本利益に合致するとともに、地域の平和と安定に大きく寄与するものとなるとの共通の認識を確認した」うえで、「国交正常化の早期実現」、「日本側は、過去の植民地支配」の「反省と心からのお詫び」を表明し、「無償資金協力、低金利の長期借款供与及び国際機関を通じた人道主義的支援等の経済協力」を確認し、「双方は、国際法を遵守し、互いの安全を脅かす行動をとらないことを確認した。また、日本国民の生命と安全にかかわる懸案問題については、朝鮮民主主義人民共和国側は、日朝が不正常な関係にある中で生じたこのような遺憾な問題が今後再び生じることがないよう適切な措置をとることを確認した」。さらにこの「地域の信頼醸成を図るための枠組みの整備」、「朝鮮半島の核問題の包括的な解決」、「朝鮮民主主義人民共和国側は、ミサイル発射のモラトリアムを2003年以降も更に延長していく意向を表明した」。
「日朝平壌宣言」は、第二次世界大戦が終了して57年間も経つのに、日本と北朝鮮は国交が断絶しているという異常な関係を打開する決定的な出発点をなすものであり、大きな歴史的意義をもつ。30年前の田中角栄首相の訪中による日中国交回復と比肩しうるものであり、二国間に限らず、北東アジアさらには世界情勢全体に平和にむかう積極的な影響をもたらすに違いない。
この首脳会談を通して北朝鮮による「拉致」の悲惨な結末――8人が死亡し、5人が生存――が明らかにされ、前記の重大な成果に深刻なキズを刻印した。被害者およびその家族、縁者の方々の怒りと悲しみは筆舌で尽くしがたいものであろう。事態の徹底的な解明と責任の所在の解明、相応な謝罪と補償が果たされなくてはならない。
歴史的に大きな意義のある出来事であるがゆえに、考察すべき論点は多岐にわたる。
@日朝国交回復の歴史的意義、その国際政治への影響
日本、北朝鮮、韓国、中国、ロシア、そしてアメリカ
現下のブッシュ政権の戦争戦略への影響
Aなぜ今、ここまで事態が動いたのか
北朝鮮の経済危機の深刻さ 韓国やロシアの動向
小泉首相を動かしたものは何か
B北朝鮮はどうなるのか 先軍国家と市場経済化
C日本の政治情勢の今後
D日本国内の左翼運動への影響
言うまでもなく、これらの論点を包括的に論じることはだれにとっても難しい。日朝関係について深く考察したことのない私にはごく一部の領域を取り上げる用意すら十分ではないが、いくつか問題関心に応じて論じることにしよう。
北朝鮮はどこへ
私の第一の関心は、北朝鮮の今後についてである。金正日総書記がこれまで断固として否認してきた「拉致」について、その事実を認め、その理由まで触れ、責任者を処罰したとまで明らかにし、「お詫び」したことは、驚くべき事態である。自分は関与せず、「特殊機関」がやったことにするのは「独裁者」の常套法であり、そのまま受け取る者がいるとは思えないが、にもかかわらず、ここまで公言したことは決定的である。
日本では前記の悲惨な結末を非難する傾向が、反北朝鮮感情の醸成の暗い意図をも主要な政治的動機として煽られているが、この一連の金正日氏の言動は、直ちに韓国における「拉致」問題を一挙的に大きく浮上させてしまった。半世紀前の朝鮮戦争時の「拉致」は数千人、漁船の拿捕による「拉致」は486人と言われている。さらにときの流れとともに深刻化すると思われるのは、北朝鮮内部での統治である。いかに「首領様」崇拝の「先軍国家」であったとしても、手のひらを返す戦略や政策の変更がスムースに実現するほど政治は簡単なゲームではない。「権威」の失墜は避けられず、恣意的に処分される者は新しい不満を抱くであろう。
北朝鮮の経済は破綻寸前であることは周知である。配給制度は配給する物資が圧倒的に不足して崩壊しつつあり、先日、主食の米の価格を550倍!にする「改革」を実施した。
かつて1956年にソ連邦でフルシチョフがスターリン批判を行った。長い目で結果的に判断すると、この「スターリン批判」がソ連邦崩壊の第一歩になったと見ることも可能である。同じことが起きない保障がどこにあるだろうか。フルシチョフはスターリンの部下であったが、金正日氏は、その前の首領金日成の息子であり、部下の跳ね上がりとして処理しようとする政策と実績はすべて金正日その人がつい昨日まで立案・実行・賞賛していたことである。これからは何らかの経済的「成功」だけが人心をつなぐ細い糸となり、イデオロギー的政策的一貫性などは無視されるであろう。「チュチェ思想」なるものが唱えられているが、風化するほかない。
国際・国内政治への影響
第二の関心は、今後の国際政治への影響である。ブッシュ大統領によるイラク先制攻撃へののめり込み、「北朝鮮=悪の枢軸(のひとつ)」論にたいして、どのように作用するかである。小泉首相が、訪朝の直前に訪米してブッシュ大統領に「耐えがたきを耐えよ」と進言したのは、これまで何でも言いなりなので「イエスサーの軍曹」とまで揶揄されていたことを考えると、軽くない意味をもっていると見た方がよい。経済的に急成長している中国市場を視野に入れれば、中国、韓国、ロシア、さらにアジアとの関係で、アメリカの言いなりにだけ従っていてよいはずはないと気づくのに大した智恵が必要とは思えない。小泉訪朝の直前にロシアのプーチン大統領が小泉首相に電話したということであり、外交の複雑さに目を配る必要がある。
第三の関心は、国内世論の動向である。「朝日新聞」の緊急世論調査では、日朝会談を評価するが81%、同時に「拉致」への北朝鮮の対応への不満も76%。小泉政権への支持率は前回(9月1日)から10ポイントも上がって61%となった。「拉致」問題での不満も高いが、国交回復についても高率で支持するという判断はきわめて健全と理解できる。緊張激化や戦争への道を望むものはほとんどいないのである。この流れの中で、同日、別面には秋の臨時国会で「『有事法制』先送り論」と4段見出しの記事が書かれている。自民党のなかからの動向である。石原慎太郎東京都知事は北朝鮮に戦争を仕掛けろなどと暴言しているが、時代錯誤であることは明白である。
この点にもからんで、小泉訪朝・日朝宣言についての日本共産党の立場は基本的に正しいことをはっきりさせておく(初め「国益」に言及していたが、最近は言わなくなった)。18日の朝刊を比較すれば歴然である。「赤旗」は「国交正常化交渉再開で合意」をトップ見出しにして、握手する両首脳の写真を使っているが、「朝日新聞」は「拉致、8人死亡、5人生存」がトップである。「読売新聞」では「5人生存」すら落としている。「朝日新聞」は両首脳の写真を使ったが、「読売新聞」は「拉致」家族の写真(いずれも1面のみ対象)。「赤旗」についてさらに欲を言えば、志位和夫委員長の顔写真とコメントを下段に配置する配慮があったほうがよい。この件では志位氏が主人公ではないからだ。
左翼・市民運動の動向
第四の関心は、日本の左翼・市民運動の動向である。すでにこの点については、『週刊金曜日』掲載の一文でも触れたが、さらにはっきりさせる必要がある。かつて日本の左翼運動ではソ連派あり、中国派ありで、分裂が深刻な問題であった。ソ連邦崩壊のあとはこの二つの傾向は目立たなくなりつつあるが、もう一ついわば「北朝鮮派」とでも言える傾向が新社会党や社民党の一部などに残されていた。彼らは、「拉致」事件や「不審船」はでっち上げだと信じ、盛んにその錯誤した立場から事態をあるがままに見ようとする人たちを非難していた。
確かにどんな「事実」にしても真実の確定は困難である。謀略も少なくない(ベトナム戦争の時代にはトンキン湾事件があった)し、捏造もある(先日もNHKでポーランドでの虐殺事件がスターリンらの仕業ではなく、ポーランド人によるものだったという事実が暴露されたという番組が放映されていた)。事実認識は同時に、価値判断をともなっている。だから、相対的に正しい思想を保持することが大切なのである。「事実の認識を呼び起こすところに思想がある」と、私が敬愛する梅本克己は教えている。
社民党は、19日にあわてて朝鮮労働党に厳重に抗議することを決め、「これまでの関係を検証する」ことにしたというが、深刻な反省と、それこそ謝罪が必要である(共産党の場合にはこういう無様なことが不要であったことを正視することが大切である)。問題の根本は、なぜ北朝鮮為政者の主張を鵜呑みにしてきたのか、その根本にある理論的枠組み、「思想的」立場を切開することにある。ただ、「事実認識が誤っていた」で済む問題ではない。金正日氏すら、ともかく原因に触れ、「お詫び」した。かれらが昨日まで信じていたこの人物以下の態度で済まし、あとは時の流れによる風化作用に期待するというのでは余りに無責任である。そんなことでは日本帝国主義の戦争責任の追及などできないのである(もしその人が真面目なら)。ついでながら、よど号事件関係者も深い反省が必要である。幼児のうちに死んだ者以外は、人間はウソを一度もつかないということはありえないだろう。しかし、政治的舞台で活動する人間は、それ相応の責任を果たす義務を負う。自分が発した言葉やそれへの責任を忘却したり、軽視するようでは、人の前に立って政治活動する資格はないのである(市井の人々が喫茶店で政治会話することとは違う)。
ともかく、今回の事態を通して、いわば「北朝鮮派」の目が覚め、不要で有害な主張がくりかえされることがなくなれば、小さな副産物ではあるが、結構なことである。
北朝鮮への幻想を一掃し、迎合や非難を越えて、両国の労働者・農民・市民の連帯をひろげ、緊張緩和の努力を重ねなくてはならない。
昨年の9・11特攻テロから1年、日朝平壌宣言の前日にはイラクが国連による査察受け入れを表明し、当日には北朝鮮と韓国との鉄道開通工事の合意が発表された。パレスチナの民衆はなお戦火にさらされ、ブッシュ大統領によるイラク先制攻撃の危機も高まってはいるが、国際政治では暗雲だけが垂れ込めているわけではない。一路、戦争への道に突き進んでいるのでもない。かすかで不安定であろうとも、地上のそこここに差す一条の光を束ねることによってしか、<平和を創造する>ことはできないのである。
<補足>
@小泉訪朝については、拙文「小泉訪朝 有事法制から平和路線への転換を」『週刊金曜日』9月13日号「論争」参照。
A北朝鮮をいかなる社会・国家として規定すべきかについては、私自身にもなお不明である。資本制社会でもなく、もちろん社会主義社会でもない。「開発独裁」と言ってみてもそれほど積極的に何かが分かるわけではない。
B辻元問題でもそうであったが、社民党のあいまいさはそろそろ限界にきているのではないであろうか。
Cこの問題でも民主党の鳩山党首の発言は、低水準としか言いようがない。
D北朝鮮では「拉致」についての報道がなお無いが、いずれ生存者の家族の訪朝などもあり、いつまでも隠し通すわけにはいかないであろう。
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