村岡到 憲法改正国民投票について――改憲反対を攻勢的に展開しよう 2005.5.28

「稲妻」第359号 2005年3月10日


 憲法改悪の動きが加速されているかに見える。衆院憲法調査会(中山太郎会長)は2月24日、約5年間の調査活動を事実上締めくくる自由討議を行い、各党の憲法調査会長らが憲法に対する見解を表明した。自民、公明両党は、憲法改正手続きを定める国民投票法案の今国会提出を目指し、民主党に協議機関設置に向けた話し合いを呼び掛け、民主党も応じる姿勢を示した。今後、同調査会は5月までに衆院議長に提出する最終報告書の作成作業を急ぐ。最終報告には「憲法改正が必要との主張が多数意見」との記述が盛り込まれる。自民党憲法調査会長の保岡興治氏は「自衛と国際貢献における武力行使のルールを分かるようにしないといけない」と改正の必要性を強調した。自民党は、結党50年を迎え、改憲案を確定すると意気込んでいる。
 昨年12月、自民、公明両党は実務者間で取りまとめた「日本国憲法改正国民投票法案」の骨子を了承し、次期通常国会に法案を提出することで合意した。公明党の白浜一良・党憲法調査会副座長は次のように説明している。
 「国民投票法案の骨子には@国民投票は国会の発議後、30日以後90日以内に行う、A投票権者は衆参議員選挙の選挙権を有する者―などとしたほか、投票の無効訴訟や国民投票運動の規制などに関する規定が盛り込まれています。
 投票用紙の様式など投票方法について、自民党は、全面的な憲法の書き換えを想定したものを提示しましたが、公明党が、部分的な条項の書き換えや新しい条項の付け加えなどさまざまな発議の形式が考えられることを指摘した結果、具体的な規定は、憲法改正の発議の際に別に法律で定めることになりました」(「公明新聞」2004年12月24日)。
 「国民投票運動の規制」と抽象的に書かれている中身は、解釈の仕方によっては改憲反対論を大幅に禁圧することもできるものになっている(日本弁護士連合会が3月1日に発した意見書でも指摘されている)。公明党の説明では抜かしてあるが、憲法第96条の「過半数」については「有効投票の過半数」としている。
 つまり、新たにわざわざ国民投票法を作ろうというのに、肝心の「具体的な規定」は先送りされるというのだ。

 あるべき国民投票法

 言うまでもなく、私たちは、第9条の骨抜きを核心とする現在の改憲策動には徹底して反対である。この基本的立場からすると、国民投票法案をめぐる、改憲阻止勢力の反応はきわめて不十分ではないかと憂慮される。直ちに反撃、とはなっていないようである。日本共産党は、年を越して1月19日に志位和夫委員長が国会内で記者会見し、憲法改定にむけた国民投票法案に反対する理由は何かと問われ、「なぜ今出すのかという、動機だ。動機が容認できないから反対するということだ」との考えを示した。重大だと判断していれば、もっと早く反応しただろう。
 あるいは、2月25日に開催された横浜市での9条の会の集会では、大江健三郎、小田実、加藤周一、井上ひさし、小山内美江子の各氏が講演したが、「赤旗」の要旨を見るかぎり誰一人「国民投票法」については語らない。政治家ではないとはいえ、まことに感度が鈍い。
 この対応の鈍さには、もう一つの問題が隠されているのではないか。
 あえて問題提起したい。改憲のための国民投票案について、ただ動機と狙いが邪悪だから反対するというだけでよいのであろうか。もう一つの言い分は「敵の土俵」に飲み込まれることになる、というものである。このような守勢の反対論では、改憲をめぐる攻防において多数派を形成することはできないであろう。守勢の反対論だから、機敏に対応することができないのである。
 私は、逆に、どのような国民投票案が必要なのかを提示して、論争すべきだと考える。具体的に提起しよう。
・投票権:18歳以上の日本国民、18年以上永住の外国人で希望する者。
・採否の基準:投票権を持つ者の過半数。
・改憲条項を個別的に判定する(全体の整合性は、投票後に改憲の提案者が修正する)。
・討議の期間:投票にかける案件を提示した後、1年間後に投票する。
・討議の方法:言論の自由を最大限保障する。投票権を持つ者が10万人の署名を集めたら、NHKで所定の時間をその団体に提供する。署名数に応じて放送時間を比例的に増加する。マスコミも同様の措置を講じる。
・投票の期間:1週間とし、他の選挙とは二重にしてはならない。就職している者は投票を希望する日を特別休暇とする。
・投票しない者については投票しなかった記録を保存する(市民の権理行使において不利益を受ける可能根拠を残す)。
 自民党の改憲案が確定されるかどうかもなお定かではないが、今日なお第9条の改悪に反対は国民の6割以上を占めている。前記の提案による国民投票を行なえば、第9条の改悪を粉砕することは十分に可能なのである。
 <追記>本稿では改憲のための国民投票法だけ取り上げたが、国政あるいは地方自治体の行政などについても国民投票や住民投票を積極的に定着させなくてはいけない。国民投票については、上田哲氏が先駆的に提起しており、「国民・住民投票を活かす会」や「真っ当な国民投票のルールを作る会」も活動している。
 改憲反対運動と憲法の根本問題については、「憲法問題の重要性と方向」(『連帯社会主義への政治理論』五月書房)などを参照。


後藤田正晴講演に感心

「稲妻」第360号 2005年5月1日

 4月20日、後藤田正晴元官房長官の講演を自民党本部まで聞きに行った。自民党本部に入るのもその前を通るのも初めてであった。自由民主党立党50年企画=歴代総理・総裁・官房長官リレー講演会「決断!私はこの時そうした!」で、後藤田氏が91歳であることにまず驚いたが、明晰な話にさらに驚嘆した。
 この人の話を一度聞いてみたいと思ったのは、『安東仁兵衛さんを送る』という薄いパンフで、彼が1998年に開かれた安東の追悼会に出席したこと、そのときのあいさつのなかで、彼が水戸高校で梅本克己の「飲み友だち」であったと知ってからである。
 1982年からの中曽根政権の時代に官房長官などを歴任したころの回想でいくつも興味深いエピソードを克明に話した。人名もすらすら出てくるし、とても91歳とは思えなかった。
 <昭和62年、イラン・イラク戦争時、タンカー護衛のため米国の要請を受けての自衛隊の海外派遣問題に直面。同要請に前向きな中曽根総理に対し、「日本の今までの憲法に基づく国是と違った結果になる恐れがある」「仮に交戦状態になった時に国民は理解してくれますか」と進言し、中曽根総理が派遣を断念した経緯を紹介した。その上で「私の防衛に対する考え方は今日といえども変わっていない。海外に出ての武力行使はやらないことが賢明な選択。先進国が武力闘争に入った時、大量破壊兵器が発達した今の時代には、勝者もなければ敗者もない。残るのは廃墟のみだと考えていただきたい」と、「カミソリ」の異名をとる戦後政治の生き証人後藤田氏が鋭く切りさばいた。>
 昭和62年とあるのは、このくだりは自民党のホームページでの後藤田講演の要約からそのまま引いたからである。ごく短い要約の4分の3がこの裏話であることにも驚く。
 国鉄分割民営化について、後に中曽根が「国労潰し、総評潰し」が狙いだったと回想したことは周知であるが、後藤田氏はそのためには「民営化だけではダメで、組合を分断する必要があった」と、「当時は言いませんでしたが、私たちはそう考えていた」と語った。そして、そのために中曽根首相は周到な人事配置を行なったと明らかにした。
 「向こう側」にはやはりしたたかな人物がいたのだと改めて実感した。



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