村岡到:書評・『革命的左翼という擬制』2003年10月21日
小野田襄二『革命的左翼という擬制』(白順社)
人間と政治の葛藤をえぐる
オルタ・フォーラムQの『QUEST』第28号=2003年11月に掲載予定
小野田襄二は、いわゆる中核派の元政治局員で、新左翼運動の創成期を自らの体験を軸にして総括している。私も1963年から同じ党派に10年あまり所属していた。本書に登場する人物の多くは前進社で顔を合わせている。なかでも清水丈夫は、1960年代後半には私の地区での指導者であった。本多さんともよく話したし、71年に常任になった後でその心得を寿司をごちそうになって伝授された。
安東仁兵衛の『戦後日本共産党私記』について、安東と同じ渦中にいた辻井喬が同書の「解説」で「ここから文学がはじまるという意味での歴史的著述」(427頁)とまで評価しているが、小野田は、内ゲバへと陥没した新左翼運動における人間と政治の葛藤をさらに深く真剣に反省・考察している。「ぼくは革命を捨てた」と書き、「理論や思想」ではなく、「人間に焦点を当てて語る」(73頁)姿勢は、私とは異なるが、共通する反省も少なくない。
内ゲバへの陥没、その真因
本書の核心は、中核派と革マル派とへの分裂とその後の内ゲバへの転落がなぜ起きたのかを、事態の渦中というよりど真ん中に位置していた当事者の反省をとおして明らかにしようとしている点にある。ごく短期間ではあったが、両派に分裂した後も学生戦線(全学連)では共同行動していた時期があったことも今度はじめて知った。だが、64年7月2日に早稲田大学で起こした革マル派への襲撃が引き返すことのできない転落への決定的転機となった。この直前の前進社での経過の暴露は迫真的でもあり、小野田自身の身を切る反省でもある。暗転への予感と違和感をもっていた小野田が、指導部内の人的葛藤に災いされて「よしやろう」と決断してしまう。このリンチの3年後に10・8羽田闘争が闘われ、新左翼運動高揚の出発点となったが、実はその前日、もう一つの決定的なリンチが起きていた。小野田は、「革共同旅団を自滅へと走らせる政治的舵取りの出発点は、やはり67年10月7日の〔社青同解放派への〕リンチ事件にあった」と明らかにする。
「人間に焦点を当てて語る」姿勢のゆえに、その点では本多や清水などの性格、弱点を自らのそれとも合わせてえぐり出すことには成功していて、興味深いというだけでなく、教訓も学べるが、理論・思想のレベルでは何が問題だったのかは射程外となっている。第4インターがなぜ内ゲバに手を染めなかったのか、を合わせて考えるべきである。意気地がないからではなく、トロツキズムがブレーキとして効いていたのである。
労働運動と学生運動との違い
最後には中核派を離脱しなければならなかった小野田は、もともときわめて柔軟な発想の持ち主であったようだ。
彼は埼玉大学出身だが、そこでの運動の進め方――相手党派(この場合には日本共産党)のビラ配りを妨害するのではなく、そのビラを逆手に取って学生の関心を喚起してクラス討論を巻き起こして、そのなかで相手党派に論争で勝つやり方(48頁)は、今日でも有効な知恵である。新左翼党派の場合には相手党派の登場そのものを妨害する傾向が強い。同じように、1966年の全学連再建大会についても、この大会の回数をどうするをめぐる対立(各派の正当性にかかわる)について、「ジャンケンで決めるぐらいのユーモアがあってよかった」(130頁)と悔やんでいる。この精神のゆとりを抱え込むことができたら、と思わずにいられない。小野田が指導部の一員として活動し続けていたら……。天は二物を与えず、か。前衛を目指した組織が戦闘軍団化してゆくことの落し穴・危険性を痛感する。
小野田は社会の「システムはガキのものではなく、大人の常識に根ざしたもの、それを心底つかむのに20年かかった」(77頁)と書いている。
他にも労働運動の指導者・松崎明の評価と彼へのまなざしについても、私と同質のものを感じる。小野田は「3章 松崎明の栄光と苦悩」で、『サンデー毎日』2002年初めの「松崎インタビュー」を引いているが、その第2回のタイトルは「革マルとの決別・組合に玉砕的『絶対反対』は通じない」である。「改良闘争には非凡な英知が必要である」がこの節のタイトルに付けられている。松崎は「現場は現場、理論は理論」と二分化しているらしいが、どんなに困難ではあれ、現場と原則をつなぐ理論が求められている。
小野田は、「労働運動と学生運動」との違いについて、「授業をサボって学生運動に精を出すことは成り立つが、労働(仕事)をサボって労働運動に精を出すことは成り立たない」(105頁)と、分かりやすく急所をついている。
こんなことも書いてある。「60年安保闘争への参加者は東京だけで数十万人に達したが、その9割は戦前天皇制と軍国主義を肌で感じた人たちだ」(104頁)。数字の正確さは分からないが、言われてみればそうであろう。溢れる享楽手段に囲まれて2001年9・11を脳裡に焼き付けさせられた世代は、政治をどのようなものとして理解し、社会をよくする行動に参加するようになるのであろうか。重い問いのまえに、私たちは立っている。小野田は、冒頭に引いた「革命を捨てた」にすぐ続けて「何より、事大主義的空騒ぎにくみしたくないからだ」と書いているが、地道な努力のなかにこそ<革命>は貫かれていくのではないであろうか。
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