村岡到:3・8イラク戦争阻止行動に参加して2003.3.9

 3月8日、天も味方したのか、前日の雨が嘘のように止んで快晴となった日比谷公園は、あふれるほどの参加者で埋め尽くされた。野外音楽堂のなかはすぐに満杯となり入れなくなってしまった。1960年代後半から、「野音」には何回、出かけたことだろう。公園のなかまであふれたのは珍しいのではないか。「量から質への変化」なる言葉があったことを思い出した。これだけ普通の市民が集まるとオマワリさんも手を出せなくなる。野音はもちろん集会届けをしているだろうが、公園のなかはどうだろう。
 太鼓を叩いたり、自分が撮った写真のパネルを展示したりしている人もいたが、ただ立っている人が多い感じがした。何回かこのような集まりが重なれば、討論の輪がそこここにできるようになるのではないだろうか。大きな会場で一つの大集会を開くのもよいが、全体としての共通性を保ちながら、いくつもの小集会が勝手に開かれるというのも悪くない。日比谷公園だけでなく、大きな駅の前で集まってもよい。60年代には「歩行者天国」でのフォークソングが流行った。規制も強化されているのであろうが、そこにも量の問題がある。簡単には規制できない量が集まれば、話は変わってくる。
 もう10年以上前に、モスクワに行ったとき、赤の広場からも近くの何とかいう新聞社の前で、夜の10時過ぎまで、人びとが路上に集まって熱く議論しあう現場に遭遇したことがあった。白夜の国ではないから、暗い夜中に人びとは語り合っていた。ペレストロイカの最中であった。1989年の夏だった。ロシア語なんかできるはずもない私には、ただ雰囲気を嗅ぐことしかできなかったが、社会や政治について、街頭で討論できることはうらやましいと思った。いろんなパンフレットや新聞を立ち売りしていた。粗末な印刷物もあった。
 ブラジルの世界社会フォーラムに参加した人から聞いた話だと、ブラジルでのデモはまるでカーニバルの延長で、踊りあり、歌あり、祭りのようだったという。デモはサンドイッチ規制で窮屈な気分でやるものという在り方から、楽しい自己実現の場、社会的な自分を表現する手段あるいは、半ば目的となるようなものになることが望ましいのだと思う。ヘルメットを必要としたのは大きな錯覚だったのである。
 次の山場は15日、21日には世界の労働組合の共同行動が展開される。
 アメリカでの盛り上がりが決定的な位置を占めるであろうが、国際法・国連重視か、ブッシュの無法を許すのか、歴史的な岐路に際会している。。「安保理決議〔1441〕そのものが戦争開始への合図なのである」などという「主張」をみたことがある(「かけはし」02.11.18)が、どこを向いているのであろうか。「国連は戦争を止められない」などとも説教しているが、世界の平和創造勢力にとって、大切なことは、そういう「批判」ではなく、国連をも動かすことである。
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