「赤旗まつり」不破講演の半歩前進
――再び不破哲三を批判する
日本共産党の不破哲三議長が11月4日に開催された「赤旗まつり」で、「ふたたび『科学の目』を語る 代々木『資本論』ゼミナール・赤旗まつり」として「21世紀の資本主義と社会主義」と題する講演をおこなった。会場は、夢の島総合体育館で1500の椅子席を満杯にした。「赤旗」11月13日、14日に分載された(「上」が2面、「下」が3面)ので、主に「下」の「三 社会主義の前途を考える」を検討する。
この節は以下の4つの項目から成る。
1 中国の国づくりの方針について
2 レーニンの市場経済論とそれ以後
3 中国で見たこと、話したこと
4 いくつかの理論問題について
一見して明らかなように、この8月末に訪中して社会科学院でおこなった講演「レーニンと市場経済」の続編である。この講演に対しては、私は直ちに「あるべき『レーニンと市場経済』」(「稲妻」第344号=2002年10月)で批判を加えた。幸いなことに、この批判はインターネットで「レーニンと市場経済」を検索すると、不破講演の次に出てくることになった。もちろん――こう書くことができるのは不幸だが――不破は、私の批判を直接に言及することはない。しかし、明らかに私の批判を意識している節がある。この私の小論も続編となるので、すでに加えた批判については省いて、新しい論点についてだけごく簡単に一筆する。
「4 いくつかの理論問題について」の最初の問題は、「『生産手段の社会化』について」である。私の批判を覚えている人なら、そこでは「不破は『生産手段』や『生産関係』については語らない」と強調されていたことを思い出すであろう。不破は、私の批判に応えるかのように、この問題を取り上げた。しかも「生産手段の社会化」を強調する形で論じている点も多いに意味のあることである。確かにこの言葉は不破も言及しているように、日本共産党の綱領に一度だけ出てくるのだが、これまでそれほど光が当たっていたわけではない。
私は1997年初めに「計画経済」への批判のなかで、マルクスもレーニンもこの言葉=「計画経済」を使っていないこと、この言葉は1919年にワイマール共和国の経済大臣が使い出したこと、それ以前には「社会主義」は「××の社会化」として表現されていたことを明らかにした(『協議型社会主義の模索』社会評論社、1999年)。そして3年前に、レーニンによって「博識な馬鹿」と排斥された、オーストリアのオットー・バウワーのパンフレット『社会主義への道――社会化の実践』(1919年)を発見して、それを『カオスとロゴス』に全文再録した。
不破がなお、「計画経済」について真正面から検討しないこと、オーストリアの社会主義理論については触れようとしないことは残念であるが、「生産手段の社会化」を前面に据えようとしていることは大いに賛同できる。
さらに、不破は「誰が生産手段をにぎる」のかと問題を立て、『資本論』から「結合された生産者」の一句を引いて強調しはじめた。これは、3分の1はプラス評価できる前進である。問題の立て方だけは正しい。答えも半分は正しい。だが、「結合された」はいただけない。講演なので、引用頁をあげることはしていないが、この「結合された」は恐らく英語なら
associated であり、近年おおいに議論されている問題の一句である。不破は後のほうで『フランスにおける内乱』の草稿から「自由な協同労働」を引用しているが、この「協同」も英語なら
associated である。わざわざ不破は近年は誤訳とされている「結合された生産者」を使って、流行の「アソシエーション」という言葉に「赤旗」の読者が汚染されることを避けたわけである。そのうえ、ここでもまだ「労働者管理」は使わない。
また、なぜかは不明だが、北京での講演でしきりに強調していた、『資本論』の「価値規定が残る」にはまったく触れていない。私の批判では、『資本論』のなかにヒントを見つけるのなら、他にも「流通しない指図証券」とか、フランス語版の「協議した計画」などの言葉にも注意せよと提起しておいたのであるが、あとの二つに触れないで、最初の一句だけ引くのは気が引けたのかもしれない。理由はどうであれ、次の機会にはぜひともあとの2つについても論及してほしいものである。
<農業>を正面から位置づけていないのは今度も同じである。
ソ連邦への批判も新左翼が1960年代に主張していたことを今になって強調しているだけである。80年もの歴史があるのに、ソ連邦批判になると文献参照が「1994年の党大会」からしかできないのはなぜなのか。また、ソ連邦経済の「不合理」に言及したくだりで「私〔不破〕が勝手に悪口を言っているのではありません」と言い訳しながらフルシチョフを引いているが、私が注意したのは、不破の批判の姿勢についてであり、「勝手に」言っているかどうかではない。
批判の続編なので、飛ばしていたが、この講演が「代々木『資本論』ゼミナール・赤旗まつり」とされているのは、共産党本部を会場に不破が講師となって『資本論』ゼミナールを「党機関の活動家」を「ほぼ300人」集めて1年間開催していて、その「赤旗まつり」版とされたからである。不破自身が「壮挙の一つ」と胸を張っているが、確かにすごいことである。私は、2000年に開催された第22回党大会の論評のなかで、共産党は他の政党との区別を明確にするためには「社会主義」を強調する以外に道はないと指摘したが、新左翼党派が見る影もなくなった今日、日本でこれだけ大きく「社会主義」を問題にしているのは共産党だけと言ってもいい。
講演の「上」は、「一 『科学の目』を探究する」「二 資本主義の熱烈な信奉者がマルクスに熱い目を」で、後者は大変に有益である。
<補記>
先日、神田の古本祭りで、千種義人『計画経済概論』(春秋社、1951年)を発見した。その冒頭に「計画経済といふ言葉のおこり」と項目を立てて、「計画経済」を最初に用いたのがワイマール共和国の経済大臣であった明記されていた。わずか50円! このことに限らないが、大切な認識が無視され続けられていることは腹立たしいかぎりである。千種は、明治44年生まれで慶応大学教授である。
不破の北京講演の2ヶ月後に、同じ社会科学院を会場にして「21世紀の世界社会主義」と題する国際シンポジウムが開催され、私も招待されて報告したが、その報告、感想については、このホームページの別の論文を参照してほしい。不破講演と国際シンポジウムは恐らく一連のものであろう。後者には、アメリカ共産党とインド共産党(マルクス派)も参加した。