小泉訪朝 有事法制から平和外交への転換を
8月30日、小泉純一郎首相は、9月17日に朝鮮民主主義人民共和国(北朝鮮)を訪問すると明らかにした。電撃的な発表であり、内外に驚きを呼び起こしている。
小泉訪朝は極めて望ましい選択であり、懸案が解決され、国交が成立することを、私は望む。過去の戦争責任を明確にして、謝罪し補償することによって、北朝鮮と国交を成立させ、東北アジアの緊張を緩和することは、世界政治の動向にも大きくプラスに作用する。私たちは、小泉訪朝を、きな臭い有事法制への道から、平和外交への転機として活用しなければならない。
田中真紀子外相更迭後の急速な人気の低落のなかで、小泉政権は先の国会では最優先したはずの有事法制を成立させることができず、陰りと限界を露わにしつつあるかに見えたが、訪朝の成功は絶好の政権浮揚をもたらすに違いない。小泉首相は、1年前の9・11特攻テロの直後に「俺はついている」と口走ったが、それ以上の効果をあげることになる(30年前の田中角栄首相訪中による日中国交回復を想起してもよい)。早くも、永田町ではこの勢いで解散総選挙をなどという思惑も飛び交っているという。
だが、北朝鮮の国際社会への順化は、有事法制必要論の大きな根拠であった「北朝鮮脅威論」を掘り崩すことになる。ブッシュ大統領による「悪の枢軸論」にも打撃を与える。石原慎太郎東京都知事は相変わらず、拉致された人を奪い返すために北朝鮮に戦争を仕掛けろなどと放言しているが、時代錯誤もはなはだしいことがいっそう露わになるであろう。排外主義に走っては出口はない。平和外交こそが、「有事」を回避する道なのである(東海地震の可能性が警告されるなかで、災害対策の必要性が高まっているが、それは「有事」とは切りはなして緊急課題とすべきである)。
市民運動のなかには、小泉訪朝に戸惑い、価値判断停止したり、大したことはないなどと過小評価する傾向もあるが、それでは事態の急変に飲み込まれるだけである。アメリカ軍によるイラクへの先制攻撃が公言されている。そうであればこそ、日本の世論の方向を戦争への道ではなく、<平和の創造>へと転換すべく努力しなくてはいけないのである。
この電撃的ニュースの2日後に長野県知事選挙で、県議会によって不信任された田中康夫氏がダブルスコアーで勝利した。投票率も4ポイント増加して74%の高率であった。民意は明らかに、利権型の自民党政治を拒否した。47分の1の意味しかもたないということはありえない。ある意味では閉塞した日本政治の縮図と言えるからである。どの政党も推薦する知事候補がいないという異例な事態のなかで、日本共産党だけが、田中不信任に反対して、田中候補を応援したことも注目に値する(これまでなら、形式を重んじる同党は、政策協定を結ばないで応援することはありえなかった)。新しい市民の政治感覚よりも、古い地域の利権を優先した、民主党や社民党はその限界を露呈した。
二つの出来事は直接には連動はしていないが、その底流に平和志向と市民主権の台頭を見ることは、我田引水ではないであろう。
(『カオスとロゴス』編集長) 2002年9月2日
<追記>
9月2日、日本共産党の志位和夫委員長は、記者会見し、小泉訪朝について「重要な意義があり、歓迎する」と表明した。さらに「何もかも1回の首脳会談で解決しなければならないと最初からきめて、そうでなければだまだという考え方ではことは進まない」とも語った。
私は、翌日の「赤旗」で知ったが、私の意見表明と基本的に同じである。ただし、最後に「ことは日本の国益……にかかわる重大な問題」と説明している部分に、共産党の根本的限界が示されている。「国益」を持ち出す必要はまったくない。
なお、余談ではあるが、昨年末の「不審船」事件にさいして、共産党が北朝鮮への批判のトーンが低かったことに注意を喚起しておいたが、ことによると、1年前から水面下で深行していたという両国の交渉(森首相は拒否した)を察知していたのかも知れない。
TOPへ戻る