村岡到:付論 『資本論』と農業
第1節 『資本論』冒頭の一句の問題性
第2節 宇野弘蔵における農業の位置づけ
第3節 原理論に正置すべき<農業>
「<自然><農業>と<社会主義>」の付論になります。まだ、この本論の「第5節 日本農業の再生の道」が書けていません。第1節から第4節はamlのほうに掲載してあります。第5節が書けたら、ここに掲載します。注はまだ独立して整理していません。
付論 『資本論』と農業
第1節 『資本論』冒頭の一句の問題性
今ではマルクスの主著『資本論』を読む人は少なくなったであろうが、世紀末にイギリスのBBC放送で「過去1000年で最も偉大な思想家」のトップにマルクスが挙げられたこともあり、『資本論』は古典的価値をなお保持しているとは言える。周知のように、その冒頭の一文は次の通りである。これまでも多くの論争を引き起こしているので、いまさらという感じがしないでもないが、或る問題――それが何かは後に明らかにする――を考えていて、この一文に潜むまったく新しい問題に気づいたので広く検討を呼びかけたい。
1 何が問題なのか
まずは『資本論』冒頭の一文を引用しよう。
「資本主義的生産様式が支配している諸社会の富は、『商品の巨大な集まり』として現れ、個々の商品はその富の要素形態として現れる。それゆえ、われわれの研究は、商品の分析から始まる」新日本出版社、1982年、59頁。
この冒頭の一文に関連して、なぜ「商品」が“始源”なのか、「商品の二つの要因」という問題設定、その中身としての「価値形態」というとらえ方とその意味、その論証を『資本論』体系のどこで論述すべきなのかなどの論点がくりかえし論議されてきた。
つい最近は、訳文では最初の単語となる「資本主義的生産様式」の訳語についても問題が提起されている。重田澄男は「資本家的生産様式」と訳すのが正しく、マルクスは「資本主義」なる言葉は使っていないことをきわめて詳細に文献学的に明らかにした。この点にかんするかぎり明らかに重田の言う通りであろう(重田によれば、「資本家的生産様式」は『資本論』第1巻では「63回」、全3巻では「289回」も使われているということである。『資本主義を見つけたのは誰か』桜井書店、2002年、100頁)。しかし、そのことを明らかにする意味が積極的に何なのかが、なお私には理解できないので、本稿では長谷部文雄訳で使われている「資本制的生産様式」を用いることにする。
まったく別の視角からの重要な問題提起もある。訳文では2度あらわれる「として現れる」という表現がなぜ使われているのか――このように問題を提起したのは、塩沢由典である。塩沢は、1983年に著した『近代経済学の反省』で主題的に問題にした。きわめて鋭い問題提起であるが、十分に検討される必要があるとだけ留意しておくにとどめる。
私が新しく気づいた問題とは何か。「資本制的生産様式が支配している諸社会の富」となぜ書いたのか、がその問題である。これだけでは分かりにくいだろう。なぜ「近代社会の富」と書かなかったのだろうか。『資本論』の「序言」には「近代社会の経済的運動法則を暴露することがこの著作の最終目的である」12頁と書いてあるのだから、こう書いてもおかしくはないはずなのに、である。
ところで、まだマルクス主義が「健在」で、かなり流行だった1960年代に宇野弘蔵編『資本論研究』全5巻が発行されていたが、その初めには次のように書いてある。「第1篇 商品と貨幣 第1章 商品 第1節 商品の二つの要因……」と、『資本論』と同じに章と節の位置を記したあとに、「〔対象〕マルクスはまずこの節の冒頭で、経済学が『商品』の分析から始められねばならぬ理由を述べ……」、次に「〔要約〕経済学の分析は商品から始まる。というのは資本主義社会における富は、一般に商品としてあらわれ……」と解説している。7頁。
この解説では「資本制的生産様式が支配している社会の富」は、何の説明もなく直ちに「資本主義社会における富」と置き換えられている。「近代社会」と「資本主義社会」とは異なるが、ここではそこに焦点はないから、その異同については問題にしない。問題は「資本制的生産様式が支配している社会」と「近代社会」や「資本主義社会」とは説明もなく置換されてよいのかどうかである。もしそれが許されるのなら、なぜマルクスは簡単に「近代社会」や「資本主義社会」――重田流にこだわれば「資本家的社会」「の富」と書かなかったのであろうか。説明するまでもなく、『資本論』は、「始源」はきわめて重要であると強調しているマルクスが生涯をかけて執筆した畢竟の著作であり、問題はその冒頭の一文である。おろそかに書いたと思うべきではないであろう。ここで、ドイツ語原文も挙げておこう。
Der Reichtum der Gesellschaften, in welchen
kapitalistische Produktionsweise herrscht,……
herrscht について、二つの訳がある。新日本出版社訳では前記のように「支配している」諸社会、全集では「支配的に行われている」社会、長谷部訳では「支配的に行われている」諸社会、と訳されている。「社会」と「諸社会」についても問題にしてもよいがその点もここでは省く。
ところで、『資本論』第3巻「第52章 諸階級」には「……賃労働者、資本家、および土地所有者は、資本主義的生産様式にもとづく近代社会の三大階級を形成する」1548頁と書いてある。周知のように、第3巻はエンゲルスが編集したものであるが、この最終章――わずか2頁ほどの草稿――の初めの部分である。「土地所有者」もあげて「三大階級を形成する」としている点も検討に値いするが、ここではそのことは別にして、「資本制的生産様式にもとづく近代社会」にだけ注意する。前記の「支配している」が「に基づく」と記述されている。何年もかけて執筆した膨大な著作の最初と最後、しかも後者は正規に出版されたわけではないから、違う言葉を書くことは仕方ないだろうが、「支配している」と「に基づく」では意味が違う。
出発点を定める要点であるだけに、慎重で確定的な認識が求められていたはずなのに、「に基づく」に変えてもよいほどに未確定だったということになる。
それはともかく、「社会」の前に形容句的に付されたこの一句は、ある視点から「社会」を捉えたという点を表現している。譬えはいつも100%ぴったりと表現できるものではないが、「シロアリが巣くっている家屋」と書いてあれば、読んだ人は、いろいろな家屋があるなかで、「<シロアリが巣くっている>家屋」が問題にされていると理解する。「家屋」というものは<シロアリが巣くっている>ものだとは理解しない。これと同じように、マルクスは「社会」、あるいは「近代社会」を問題にしたのではなく、「<資本制的生産様式が支配している>社会」を問題にした。別言すれば、<資本制的生産様式が支配していない>「社会」は視野の外に除外されるということを意味している。
このように理解すると、「<資本制的生産様式が支配している>社会」を「近代社会」や「資本主義社会」と置換することは許されないことが理解できる。なぜなら、「近代社会」や「資本主義社会」の内部には<資本制的生産様式によって支配されていない>部分もあるからである。あるいは論述のこの段階――出発点ではそのこと=「支配されていない>部分」の有無についてはまだ何も明らかではないからである。
2 あいまいさが招いた弊害
前項の検討で明らかになったように、私は、マルクスの論述はあいまいだと判断するべきだと考える。大して重要ではないことならば、形容句的表現も許されるだろうが、「<資本制的生産様式が支配している>社会」という限定は、実はきわめて重要な意味をもっていたはずだと、私は考えるからである。
裏側から考えてみよう。例えば、「近代社会の経済では、資本制的生産様式が支配している。その社会の富は……」と、マルクスが書いていたら、読者の注意はまず、この最初の一句の真偽や真義を検討することになる。そうすれば、「支配している」とはどういう意味なのかを探り、もしかしたら<農業>に深い関心をもつ人は、<農業>では「資本制的生産様式が支配している」とだけは言い切れなのではという疑問を発したかもしれない。だが、マルクスが訳文では形容句的に表現されるような叙述を選んだがゆえに、「近代社会」や「資本主義社会」と簡単に置換するような理解を招くことになった。だから、前述のように、あの宇野すらが「<資本制的生産様式が支配している>社会」と「資本主義社会」とを簡単に置換してしまった。このように置換すると、<資本制的生産様式が支配している>という一句の意味は何なのかという問題を切り捨てることになる。
さらに、「<資本制的生産様式が支配している>社会」が「近代社会」や「資本主義社会」と簡単には置換=等置できないことをはっきり認識すると、もっと重大な問題に直面することになる。マルクスは「序言」では「近代社会の経済的運動法則」を問題にすると設定しておきながら、実は「<資本制的生産様式が支配している>社会」だけしか問題にしないと、本文冒頭の一文で『資本論』の問題領域を限定したことになるからである。その限定を出発点にした研究が果たして「近代社会の経済的運動法則」を明らかにすることができるのだろうか、という問いを引き起こす。繰り返すが、この限定だと、「<資本制的生産様式が支配していない>社会」は見えないからである。いわゆる「奴隷制社会」や「封建制社会」のことを言っているのではない。「近代社会」や「資本主義社会」のなかの「<資本制的生産様式が支配していない>社会――部分」が視野の外に消えてしまうからである。そんな部分=領域はどこにもないと論証された後でなら、問題は消失するが、もしそういう領域が残されているとしたら、その部分については論及・研究しなかったことになる。
さらに、そもそも論述の冒頭で「資本制的生産様式」という、これからそれが何かを明らかにしなければならない言葉を使うことは適切なのかというさらに重大な問題がある。私がよく「反面教師」として引き合いに出す『マルクス・カテゴリー事典』では「資本主義的生産様式」の項目に「固有の『資本主義的生産様式』という概念が確立されずにきた」と説明してある(小幡道昭、235頁)。この認識は別に間違ってはいないであろうが、小幡はこの言葉が『資本論』の冒頭の一文のキー概念であることもその使用頻度にも触れていない。だから、呑気にこう書くだけであるが、「確立され」ていない概念を出発点に据えている『資本論』とはどういうものとして評価したらよいのか。小幡にはこの問いは思いもよらないのであろうが、答える必要がある。まことに始源をいかに設定するかは難問なのである。
重田がマルクスに先行する何人もの人たちの理論をつぶさに検討して明らかにしているように、マルクスが『資本論』を執筆した時代には、「資本制」に類する術語はなお一般化されていなかった。そういういわば未知の言葉を冒頭から用いるのは適切さを欠いている。100年以上も後に生きている私たちは、日常語として「資本制経済」とか「資本制社会」を使っているので、錯覚することになるが、『資本論』を深く理解するためには、このような時代のズレについても意識しておく必要がある。
「序言」のほうの簡潔な「近代社会の経済的運動法則」の解明という文言を頭に焼き付けた読者は、『資本論』は「近代社会の経済」について余すところなく――少なくとも基本的な問題は――解明したと考えるようになる。あるいは、『資本論』で取り上げていない問題は、「近代社会」や「資本主義社会」の「経済」について考えるさいには重要性の薄い問題だと錯覚することになる。
なぜ、マルクスは「<資本制的生産様式が支配している>社会」と限定的に論述を出発させなければならなかったのだろうか。この限定を外してしまうと、それ以後の論述――『資本論』全体――が体系として成立しないと、マルクスは考えたからであろう。
そのことを示す注意を、実はマルクスは第1巻「第22章 剰余価値の資本への転化」で書いている。「研究の対象をその純粋性において、攪乱的な付随的事情に惑わされることなくとらえるために、……資本主義的生産がどこでも確立されて、あらゆる産業部門を征服したことを前提しなければならない」というのである。996頁。
この一句は、宇野弘蔵が「純粋資本主義」という想定を構想するさいにヒントにしたものと思われる。確かに宇野三段階論(後述)といわれる理論構想は、凡百の教条的な『資本論』解釈に比べれば、はるかに創造的である。しかし、それほど重要な注意が、本文ではなく、数多くある注の一つとして書かれていることについてこそ考えるべきではないであろうか。しかも、<農業>は「攪乱的な付随的事情」として処理されてよいほど二次的なのであろうか。
いずれにしても、本文冒頭の限定と、「序言」での「近代社会の経済的運動法則」は、明らかに不整合である。もし、マルクスがもっと意識的に――「意識性」こそマルクスがもっとも重視した人間の本性なのだが――この両者の関係について説明していればよかったのであろうが、そうはしなかった。その不整合が、その後の『資本論』解釈の長く続く、混迷も含む論議を生み出す一つの――と言ってもけっして小さくはない――根拠ともなっていたのである。
3 <農業問題>の欠落
そろそろ、冒頭で伏せておいた「或る問題」とは何だったのかを明らかにして、本節を閉じることにする。すでにヒントは出しておいたのだが、それは<農業問題>である。私は、白井朗の「農業・農民と社会主義」に触発されて、<農業>の死活的重要性について初めて気づいた。この認識に立って考えると、マルクスが『資本論』で<農業>を定位していなかったことは極めて大きな欠陥・大問題だと言わなければならない(本論の第3節で明らかにしたように、このことはロシア革命後に大きな災い――<農業の衰退>を招く要因となった)。
このマルクスの大きな見落としが、実は『資本論』冒頭の一文によって論理的に導出されてしまうことになっていたのである。<農業>は、その本質――生命有機体の生産――に基礎をおいて、「資本制的生産様式が支配している」とは言い切れない営為である。マルクスはこの点をはっきり認識できなかったようであり、やがて<農業>も「資本制的生産様式が支配している」ものになってゆくと考えていたふしもあるが、「資本制的生産様式が支配している社会」に視野を限定するのだから、先のような特質を有する<農業>は分析対象から外されるのは当然であった(言及されることはある)。
急いで付け加えないと、「お前は『資本論』やマルクスを全面的に否定するのか」という慌て者の反発を招くといけないので、断っておく。仮に私の本節での理解・主張が正しいとしても、この一文を出発点に据えて展開されている『資本論』の経済学は、基本的にはなお「<資本制的生産様式が支配している>経済」を解明する認識の手段として有効性を保持していると、私は考えている。この種のズレは人間社会ではしばしば起きる。ヒョウタンから駒とまでは言わないが、狙っていたこととは別ではあるが、大切な成果を獲得することはよくある。水球の選手になろうとして訓練しているうちに、クロールだけがうまくなるようなものである。出発点のズレにもかかわらず、マルクスが『資本論』で解明したことは、人類の経済学史のなかでもなお有効性を保持している。しかし同時に、そのズレをも根拠として生じた欠落や限界についても適切に切開する必要がある。それこそが「すべてを疑え」というマルクスの趣旨に叶っているであろう。
第2節 宇野弘蔵における農業の位置づけ
<農業>を『資本論』体系のどこにどのように位置づけるべきかについても長く論争されてきた。石渡貞雄が1968年に著した『農業経済学原論』で諸論者の見解を検討しているが、ここでは宇野弘蔵をまず取り上げよう。
周知のように、宇野弘蔵は、彼によると「『資本論』をもって直ちに解決しようとした現状分析の欠陥を互いに争ったもの」第9巻、39頁。58頁もみよ。と特徴づけられる、講座派と労農派による戦前の「日本資本主義論争」の限界を方法論的に突破すべく、「純粋資本主義」を想定することを起点にして、<原理論―段階論―現状分析>という三段階論を創案した。これが宇野経済学である。ここでは宇野経済学をどのように評価するかは問題にしない。宇野が<農業>をどのように考えていたのかについてだけ検討する。
宇野は<農業>についてはあまり論及していない。数少ない論及を拾うと、1950年に発表した「世界経済論の方法と目標」では、「勿論『資本論』のような原理論では、農業もまた完全に資本主義的に経営されるものとして、資本家的原理を明らかにする方法を採らざるを得ないのである」〔A〕353頁と書いている。そのうえで、「農業問題」を「世界経済論の焦点」をなすものとして位置づけた(357頁)。「段階論」において扱うと明記しているわけではないが、主要に取り上げるレベルは「段階論」になると理解してもよいであろう。
つまり、宇野は、<農業>を「世界経済論」のなかだけでなく原理論のなかにも位置づけようとした。ただその位置づけ方は、「完全に資本主義的に経営されるものとして」扱うというのである。ここまでは、すでに引用した、マルクスの注に忠実と言える。もう一度ひくと、「研究の対象をその純粋性において、攪乱的な付随的事情に惑わされることなくとらえるために、……資本主義的生産がどこでも確立されて、あらゆる産業部門を征服したことを前提しなければならない」というのである。
ところが、この文章〔A〕は、ここで結ばれているのではなく、「……あるが、実際上は決して資本主義に農業問題を解決し得る力はなかったのである」と逆説で後段が続いている。だから、論述の重点は後段にある。そして、この認識はマルクスにはないものである。
宇野は、この〔A〕の少し前でも「資本主義は、その発生にあたって従来農業と自生的に結合せられてきた工業を分離、独立せしめてこれを資本主義化してきたのであるが、農業自身は、資本主義的経営にとって決して適合した地盤をなすものではなかった。農業と工業との対立は、資本主義にとっては解決し得ない難問をなしているのである」と明らかしている。(「世界経済論の方法と目標」1950年、著作集第9巻、352頁)。
この論文よりも3年前に宇野は、『農業問題序論』を著したが、そこでは「それ〔農業問題〕は資本主義がみずから解決し得ないままに、そのいわば外部に押しやってきただけに、資本主義自身の矛盾をもっとも深刻に包含しているものといえるのである。社会主義が農業と工業との結合を主張する点もそこにあるといえよう」と明らかにしている。(『農業問題序論』1947年、著作集第8巻、20頁)。ここでは、明確に「社会主義」を「農業と工業との結合」として明らかにしている。これまた、マルクスにはない認識である。
このように、<社会主義と農業>について原理的にしっかりと認識していた宇野は、1956年のハンガリー事件の直後に「『資本論』と社会主義」で、「ハンガリー問題にしても……結局マルキシズムが、農業問題をいかに処理するかにかかることと考えるのですが、……『資本論』と農業問題との関連ということになるわけです」という理解を示している。その先を突っ込んで明らかにしているわけではないが、問題の所在は的確に捉えられていたと言える。『「資本論」と社会主義』岩波書店、1958年、231頁。
だが、宇野は1962年に著した『経済学方法論』では「農業」にまったく一言も言及していない。折角、「『資本論』と農業問題との関連」という問題を提示していながら、なぜ「農業」は消えてしまったのであろうか。不思議でもあり、残念でもある。ここから、後述のような、原理論から農業を捨象せよという単純な理解を誘発してしまうことにもなったのであろう。
なお、宇野は〔A〕の数行あとで、「社会主義」とかかわらせて、「一方では資本主義の内的矛盾をなす階級対立を、他方ではその外部的矛盾をなす農業問題を、共に解決し得るものでなければ、新たな社会を担当し得るものとはならない」353頁と書いている。この認識の前段は、独立してもっとはっきりと定式的に表現される必要がある。「資本主義の内的矛盾をなす階級対立」とは「労働力の商品化」と言い換えてもよいだろう。つまり、「労働力の商品化」と「農業問題」とは「資本主義の内的矛盾」と「外部的矛盾」をなすものとして把握されるべきなのである。したがって、両者はともに原理論の内部に位置づけられるべきなのである。どのようにかは、項を改めて問題にしよう。
ところで、宇野の弟子のなかでは<農業>に強い関心をもつ研究者は数少ないが、その一人である玉野井芳郎は、1978年に著した『エコノミーとエコロジー』で、「農業や農法を捨象したからこそ、『狭義の経済学』の理論体系ができあがってきた」14頁とか、「マルクスの<純粋資本主義>〔言うまでもなく宇野弘蔵のキー概念〕において、農業の特性が捨象されたのは、分析上の正しい手続きであった」15頁と書いている。つまり、玉野井は、宇野とは違って、原理論では「農業や農法を捨象し」ろと単純化してしまった。玉野井も「農業が資本主義という市場合理的な経済体制にとって、非常に処理困難な存在である」(91頁)と明らかにしているが、なぜか数十頁も離れていて関連させてはいない。
このように単純化する玉野井は、「その正統的パラダイム〔『資本論』のこと〕にはもとより愛も正義も介在する余地はない」(12頁)とまで割り切っている。別言すれば、「イデオロギー的要素」あるいは「立場」を、捨てるのか、組み込むのかという問題について、あっさりと捨て去れと提言している。だが、この問題は、「労働力の商品化」問題をめぐる、1960年代に展開された宇野・梅本論争で争点になったように、それほど簡単ではない。マルクスの場合には、梅本がこだわる「イデオロギー的立場」がまったく切り捨てられるのではなく、そこここに顔を出している。そこがマルクスらしいところでもあり、そこになお未解決な難問が残されていると考えたほうがよい。
第3節 原理論に正置すべき<農業>
前項で、私たちは、「労働力の商品化」と「農業問題」とは「資本主義の内的矛盾」と「外部的矛盾」をなすものとして把握されるべきなのであり、両者はともに原理論の内部に位置づけられるべきなのである、と確認した。問題はどのように、いかにしてである。。論述を進めるまえに、「原理論の内部」という点について、ことわっておいたほうがよい。宇野が創案した経済学の方法論としての<三段階論>について、ここで十分に検討する余裕はないが、私たちは、この方法論を有効なものと考える。経済の法則について、原理的レベルの諸問題を複雑な現状とは分離したレベルで捉え、さらに現状分析しようとする対象である現実の資本制経済について、そこでの支配的な資本の形態は何かと基軸を立て、その解明を媒介にして、原理がどのように現状に貫徹されているのか――このような三段階の手続きを踏む必要がある、という宇野の提起は基本的に正しい、と私たちは考える。
私たちは、<農業>を原理論にどのように位置づけるべきなのであろうか。実は正解はすでに提出されていた。先にも触れたように、1968年に石渡は『農業経済学原論』で諸論者の見解を検討した。その部分の紹介は省くが、そのことに踏まえて石渡は、独自の見解を提起した。石渡は、「農業経済学原論は、現実に存在する資本制生産様式の農業の経済法則(それは一般には存在しない)を解明するごとき方法をとりながら、かえって一般に農業が資本制生産様式によって支配されえないことを論証することになるものである」56頁。と提起している。「の」が重なって使われているので、うまい表現とは言えないが、「農業における資本制的生産様式による経済法則」と理解すればよい。「ごとき方法をとりながら」以後が重要である。「ごとき」というのは、「理論的な仮想
fiction でしかない」49頁という意味である。
注へ ここで「 fiction 」という言葉が使われていることに関連して、「法とフィクション」という大きな問題があることについても想起しておきたい。
つまり、資本制経済は、<農業>をある程度は支配し、価値法則のもとに従属させはするが、全面的に支配することはできない。そこに、資本制経済の歴史的限界がある。この限界は、資本制経済の内部矛盾の核としての<労働力の商品化>の限界と対をなすものでもある。なぜか。すでに本論で明らかにしたように、<農業>は、その本質――生命有機体の生産――に基礎をおいて、「資本制的生産様式が支配している」とは言い切れない営為だからである。
このような<農業>が工業と並存、さらに正確に言えば、工業に主導されてその勢いのもとに従属されながら並存するということは、もう一つさらに重要な問題を提起することになる。<農業>は工業の論理と同じ条件のもとではその存続すらが危うくなる。生産力の発達の速度が決定的に違う=低いからである。だから、どこの国でも農業はどんな形態でどの程度かは別にして、「保護」されてきた。『スモール・イズ・ビューティフル』の著者E・シューマッハも、資本制経済の「全歴史を通じて、農業保護主義は例外なく支配的傾向であった」と指摘している。84頁。<農業>は「保護」される以外に存続できないからである。この問題についても、石渡が先駆的な認識を提起した。
石渡が明確にするまで、誰も気づかなかったのであるが、<農業>を「保護すべき産業」としてはっきりと位置づけた人はいなかった。だから、「保護政策」を採用はしていたが、それは仕方ないものとして消極的なものとしてだけ理解されてきた。財政に余裕がなくなれば「保護」の水準は下げられて当然のものと理解されてきた。これでは、<農業>を正しく理解し位置づけることにはならない。
<農業>は<保護産業>として明確に位置づけられなければならない。石渡は、1980年に著した『農業保護産業論』で、その書名にも打ち出して強調した。石渡によれば、「『保護産業』というテクニカル・タームはまだないようである」。9頁。だからこれは彼の「造語」である。<保護産業>の定義と、<農業>を<保護産業>とすることの意味については、本論の第5節で明らかにしたので、ここでは省略する。ここまで認識することこそが必要なのであり、そのことを原理論のなかで明確にすることが重要なのである。
人類が農耕を主とする生活から工業を主とする生活へと発展した結果、私たちは長いあいだ、この趨勢を不可逆的で、その延長上にしか未来は展望できないと考えてきた。農業は衰退するほかなく、他方、生産力は工業を中心にして無限に発展すると夢想してきた。だから、工業労働者こそが人間解放の主体であると強調してきた。だが、そこに大きな錯覚があった。この錯覚への最初の反発は「自然へ帰れ」とか太古や過去への憧れとして表現された。だが、人間はけっして「昔に帰る」ことはできない。そうではなくて、<農業と工業との新しい結合形態>を発見しなければならない。そして、その結合の核心は、<農業>を<保護産業>としてしっかり位置づけることにある。これこそが、宇野が示唆した「農業と工業との結合」の核心なのである。
つまり、私たちは、『資本論』に代わる原理論を構築しなければならない。もとよりこの余りに大きな課題については、私が引き受けるわけにはいかないが、課題がそのように立てられていることについてまでは、私にも理解できる。前者の課題を実現しなくても、この問題意識に到達すれば、<農業>をめぐるさまざまな問題が新しい視野の下にクリアーに理解できるようになる。そのことは、本論に明らかにしたとおりである。
<母なる大地>が呼び覚ます声に、私たちは謙虚に耳を傾けなくてはいけないのである。
TOPへ戻る