20世紀のあとがき

 

 というわけで、20世紀が終わった。

 20世紀と言っても、キリスト教歴の話しであって、例えばイスラム歴や日本の皇紀では「20世紀ってなんスか」であるわけなのだけれど、まあ、とりあえず時代の区切りとして20世紀が終わって、21世紀になるんだということにしておこう。当然のことながら、僕はこの20世紀を最初から生きていたわけではない。僕が生まれたのは20世紀の半分を大きく過ぎた頃だし、大体、僕がそれなりに時代とか社会とかを理解できるようになったのは、高校生になった80年代からだ。だから、実質的に20世紀の最後の20年しか知的には体験していない。実体験としては、最後の20年間だけなのである。しかしながら、多少なりの知識を足がかりにして、20世紀はどのような時代だったのかざっと振り返ってみたい。

 ここでは、20世紀とは経済をめぐる時代、つまり「どうやってカネもうけをしたらいいのか」に明け暮れた時代であったと考えてみたい。もちろん、考えてみれば人類の歴史は、農耕と牧畜が始まり文明が誕生した1万年くらい前から「どうやってカネもうけをしたらいいのか」に明け暮れた時代であったと言えば確かにそうなのであるが、ここはとりあえず20世紀のケイザイを考えたい。ちなみに、人類史は1万年前のさらに向こうに、数百万年に渡る狩猟と採集の歴史がある。我々の有史より前に、数百万年の壮大な人類の営みがあることは知っておいた方がいい。我々は何をもって「豊か」であり「幸福」と呼ぶのか、この数百万年の時代の人々にとっての「豊かさ」や「幸福」とは何であったのか、時々考えてみる必要がある。

 さて、20世紀の話である。いきなり最初からこムズカシイことを言って恐縮であるが、20世紀は戦争ばかりしていた世紀であった。なんで、戦争をしていたのか。それには理由がある。その前の時代の19世紀の人類が持っていた「国が豊かになるということは、国家が軍事力で他の国々を圧倒し、発展途上国から原料や資源を安く搾取し、自国の工場で製品を生産し、それらの商品を発展途上国に高く売りつけることによって利益を得る。」という経済システムをまだ続けていたのだ。イギリスとフランスは、19世紀からそうした植民地主義という経済システムを行ってきたので、いわば成り上がった成金になっていて若干の落ち着きがあった。しかしながら、弱小な後進国のドイツと日本は、これから「もうけ」まっせとばかりに帝国主義まっさかりの時代であり、他国への侵略行為は自民族の死活問題であった。

 20世紀の日本は日露戦争で幕を開ける。日露戦争を始まりとして、日本は中国大陸への侵略に突き進む。なぜか。その理由をひとことで言えば「豊かな国になりたい」ということだろう。この「豊かな国になりたい」という強烈な欲求を理解せずして、この時代を考えることはできない。つまりは、それほど貧乏だったというわけだ。今「それほど貧乏だった」と書いたが、実際どれだけ貧乏だったのか。このへん、この時代の人でなくては理解できないものがあるだろう。ある特定の人々がビンボーだったのではない。社会全体がビンボーだったのだ。このモノがないという感覚は、モノが溢れた社会に住む今の我々の想像を超えるものがある。モノが欲しい、豊かになりたいというのは、人間の根元的な欲求のひとつである。もちろん、後世の「豊かな国」になった日本に住む我々からしてみれば、「豊かな国」になったところで、自然は荒廃し、少子化は進み、その数少ない子供も「人を殺してみたい」から人を殺すような、そんな世の中になってしまったことを知っている。この世紀の幕開けに生きていた人々は、20世紀の最後にこの国がそうした国になるとは思いもよらなかっただろう。

 先ほど、他国への侵略行為は自民族の死活問題であったと書いたが、江戸300年間、日本は貧乏な国だった。他国へ侵略せずとも、それなりに生活ができていた。しかしながら、19世紀になって、このままでは欧米の植民地になってしまうという恐怖感から倒幕運動が起こる。江戸幕府を倒し、近代国家になった日本にとって、「豊かな国」になるのはどうしたらいいのかという問いに、イギリスやフランスのように巨大な軍事力を持って他国を侵略すればいいんだという解答があった。これは、押し込み強盗の理屈ではないかと言えば、まさにその通りである。この時代は、侵略されたくなかったら、侵略する側に回るしかないという時代であった。この押し込み強盗の理屈を、人類は当然のこととして思い信じていたというのは、その時代が過ぎ去った今から見れば信じがたいことである。欧米のような豊かな国(この時代の欧米の豊かさは、先住民や他国や他民族への侵略の上に成り立っている豊かさであったのだが、この時代誰もこのことを考えた知識人はいなかった。それほど当然のことだったのだ。)になりたい。この意識から、明治維新になり、日清・日露戦争、満州事変が起こり、結果的に太平洋戦争になった。ただし、今「結果的に太平洋戦争になった」と書いたが、本気で「豊かな国」になりたいと思っていたのならば、あんな戦争はしなかったはずだ。植民地主義で儲けるしか方法がなかったあの時代の中で、日本は植民地主義をやっていくことは国力から見てもとてもできないという現実を前にして、恐怖心からリアリズムを失い、狂信的国家になっていったのかもしれない。このへんは今だよくわかっていない。大正から昭和20年までの歴史は今だ謎である。

 いずれにせよ、結局、この時代は「バカだった」のか。しかしながら「あの時代はバカでしたね」の一言では片づかないものがある。人類社会はこの「押し込み強盗の理屈」を完全に捨て去ることがまだできていない。人種差別、民族への偏見や民族的な怨恨は今でもある。国家は、今でも自国の国益を最優先している。自分の国さえよければ、他国はどうなってもいいのである。戦争について言えば、現代はもはや「自分の国さえよければ」という戦争はできないはずだ。地球を惑星的規模で破壊することができる程の力を持った兵器は、そもそも国家間での自国の利益獲得、つまり戦争に使用することはできないのある。使った側も使われた側も共に滅びるという兵器は、もはや戦争兵器というよりも自殺の道具なのだ。で、あるにもかかわらず、人類はいまだ核兵器を根絶できない。20世紀の後半に、ソ連が崩壊し、人類は全面核戦争の危機は脱したかに見えるが、冷戦が終わったのは、米ソ間で「こういうアホなことはやめましょうや」と言ってお互いの合意のもとでやめたわけではなく、兵器開発競争にあまりにもカネをつぎこんだため、ソ連の経済が大きく傾いて民衆の不満が高まり、いわばなし崩し的にソ連共産党が崩壊しただけだ。そこからずるずると東側陣営が消滅し、結果的に米ソの冷戦が終わったというだけのことだ。何度も言うが「こういうアホなことはやめようや」と人類がきちんと理解して終わったわけではないのである。米ソの冷戦が終わった今、「冷戦や兵器開発競争とはそもそもなんであったのか」を人類はきちんと把握しているとは思えない。そうしたことができないのは、それがまだ続いている、続けようとしているからだ。人類は、まるでアレが「なかった」かのような顔をして21世紀を迎えようとしているが、必要以上の巨大な軍事力は今でもあるし、国家は自国の国益最優先であり続けている。

 20世紀は、ボーア戦争から始まり、日露戦争、バルカン戦争、ロシア革命、スペイン内乱、日中戦争、第二次世界大戦、インドシナ戦争、朝鮮戦争、ハンガリー動乱、中東戦争、ベトナム戦争、北アイルランド紛争、カンボジア内戦、アフガン戦争、イラン・イラク戦争、フォークランド紛争、湾岸戦争、ボスニア戦争、ルワンダ内戦、コソボ紛争など。この世紀は、人類同士がすさまじい規模の殺し合いを行った時代だった。これらの戦争によって、どれだけの数の人間が死んでいったのか計り知れない。日本の少年は「人を壊したいから」でナイフを振り回したり、爆弾を作ったりしているが、中南米やアフリカでは、今でも少年や少女が機関銃を持って戦闘をしている。それしか人生の選択がないのだ。人類は、種としてまだ統合されていない。統一的な意志も主体もまだない。20世紀になっても、他の惑星に生命の明確な存在を発見したり、他の知的生命体とファーストコンタクトが行われることはなかったため、我々は自己を惑星地球の知的生命体という統合されたイメージで捉えることができていない。

 そうはいうものの「なるべくなら戦争はしない」「他国への露骨な侵略はイカン」ということをとりあえずの共通認識としたのが20世紀後半であった。では、侵略はイカンのならば、どうやって「もうけ」ればいいのか。20世紀の真ん中頃の第二次世界大戦の後、ようするに戦争ではなく商売なんだなと、いわゆる「先進国」は経済の方向の転換を行った。これはどういうものであったのか。この新しい経済システムは、19世紀から発展してきた科学技術を用いて商品を大量に作り、それを売る。しかも、消費者が必要なものを必要なだけ買うのではもうからないから、「宣伝」という技術を用いて消費者の購買意欲を促進させる。大量に買ってもらうためには、大量に消費してもらわなくてはならないから、消費はいいことなんだという社会意識を普及させる。つまりは、大量生産・大量消費の経済システムを作った。このシステムは、たとえは悪いが、ブロイラーの中の豚や鶏みたいなものだ。人々は「消費者」あるいは「顧客」と呼ばれ、市場という柵の中に置かれて、「宣伝」という情報を浴びせられて、「商品」という餌を「消費」することしかやることがなにもない。消費が生の姿そのものになってしまった。

 もちろん、商売をやっている人々が悪いというのではない。問題は、商業のみが突出しているということにある。本来の社会には、商業化できない数々のものがあった。伝統的社会、未開社会では商業は「もっと大きな社会」の一部に埋め込まれていた。商業のみが異常に自己増殖してしまったのだ。カンタンに言えば「商売だけじゃなくて、いろいろあるんよ」ということだ。この「いろいろ」が大事だったのだ。その「いろいろ」を効率性の名の下に捨て去ってきた。もちろん、商売が経済合理性や効率性を重視するのは当然のことである。社会は、商業によって活性している。商業という、人々の財やサービスの需要に対して効率的に供給するシステムは必要である。人々の暮らしは、商業によって豊かなものになっている。室町時代も、江戸時代もそうだった。その反面、行きすぎた今の商業は人々の心を荒廃させているところがある。例えば、土地に破格の値段がつき、そこで農業をやっているよりも、転売して工場や住宅地にした方が儲かるということによって、人々の心から農業の営みの意味を、さらに言えば労働というものの意味が失われてしまった。ものごとの価値とは、経済合理性や効率性やカネだけではないのである。20世紀の後半は、商業というシステムをより複雑に、大規模に、組織化した時代であった。この巨大な経済システムと組織の中で効率性とカネをめぐって右往左往することが、人々の営みになってしまった。

 遅かれ早かれ、この経済スタイルは破綻する。この文明は異常な程エネルギーを消費しすぎる。今現在、数多くの国が「豊かな国」になりたいとばかり経済成長の一途をたどっているが、例えば中国が日本やアメリカのような生活スタイルになろうとした場合、地球資源は枯渇する。アマゾンの熱帯雨林は、現在急速な勢いで消滅し続け、南極上空のオゾン層の破壊は進行している。数多くの野生の生物種は、絶滅の一途をたどり、産業社会により地球の気象と生態系は急激に変化し続けている。さらに、この経済システムの問題点は、消費しないのならば消費しなくてもいい。消費者がモノが買わないのならば、買わないでもいい、というものではなく、消費を続けてもらわなくては経済システムが成り立たない、つまり景気が回らないというところある。景気がよくなれば環境は汚染され、景気が悪くなれば人々の生活が困る。こういうバカげた経済システムをなぜ作ったのか。一言でいえば、この産業社会システムを作った19世紀のイギリスやフランスはそこまで考えなかった。

 地球環境から見れば、汚染は問題ではない。アマゾンの熱帯雨林が消滅しようが、野生生物の多く絶滅しようが、南極の氷が全部溶けようが、地球生命圏からすればどうでもいいことだ。46億年の地球史で、真核細胞が出現したのは21億年くらい前とされているが、この21億年間で自然環境の急激な変化や生物の絶滅など、あまりにも当たり前すぎて話にならない。たかだかホモ・サビエンスによる環境破壊など、例えば地球上に初めて酸素が発生した時のことを考えてもらいたい。そもそも酸素は地球の大気にはなかった。酸素がない地表には嫌気性バクテリアが生きていた。しかし、植物の光合成による酸素の発生により、地球の大気が酸素で「汚染」されてしまったため、嫌気性バクテリアは地表では生きられなくなってしまったのだ。この植物が行った「環境破壊」から見れば人類の環境破壊などかわいいものだ。母なるガイアである地球は、人類が生きようが絶滅しようが関係ないのである。人間による自然環境の破壊など、数億年もすればまたもとに戻るのである。すなわち、環境破壊は地球環境の破壊ではなく、人間の生活空間の破壊なのだ。我々が「やさしく」しなくてはならないのは地球ではなく、我々自身そのものなのである。

 地球環境のためという大げさなことではなく、バブル経済崩壊後の日本の消費者はものを買わない、買うとしてもなるべく安いものを買うという傾向が現れ始めている。小型車などは、今の車は構造的には10年は持つのでカンタンに買い換えない。若い世代で言えば、携帯電話やインターネットの通信料金などには多額のお金を払うが、服や食べ物は安売りの店が人気があるという現象が起きている。もう以前のようなお金の使い方には戻らないだろう。20世紀後半は、消費の快楽をドラックとして走ってきた経済であるが、20世紀の最後にたどり着いた時、消費自体にもう意味や価値を見いだせなくなってきている。60年代は、バシバシ働いてどんどんモノを買うことが「生き甲斐」だった。生産と消費に「生きている意味」があった。それはそれで、その以前がモノがなかった、貧しかった時代であったため当然の意識だろう。しかし、そうした人々の子供の世代は、もう働くことと消費することに「生きている意味」が感じなれなくなってきた。

 「会社勤めはしたくない」という若者が数多い。正確な数はわからないが、「できるものなら会社勤めはしたくない」と潜在的に思っている層まで含めれば、そうは思っていない若者の数より、そう思っている若者の数の方が多いのではないかと思う。従来の労働のあり方は、とうの昔に崩壊している。ビンボーでもいいから、自分の好きなことをやっていきたいという若者は多いのではないか。労働に対する考え方が大きく変わり始めている。また、ある職業では人がいらなくなり、ある職業では人手が足りない、そういう状態になっている。例えば、銀行のIT革命を本気で進めれは、携帯電話やパソコンからオンラインで預金や口座振り込みができるようになる。こうなると、支店を開いて預金者を集めるということはしなくてもよくなる。するとどうなるのか。今、銀行の支店で働いている人の職がなくなる。正確に言えば、今までと同じ仕事はなくなる。例えば今、銀行で窓口業務で働いている人は、オンラインでの顧客対応の仕事に変わるということになる。しかし、これを本気でやっている銀行は日本ではいない。支店業務で働く人々の職をなくすことができないのである。今、こうしたことは銀行に限らず多い。

 今の激増する少年犯罪、少年少女の心のいらだちは、社会的な病理だとか、心の教育がないからだとか、ファミコンやビデオやマンガの影響などではなく、家庭での教育もあるが、学校が今の子供には合わない教育を、無理矢理に子供に合わせようとしていることにも原因がある。子供の犯罪について、教育制度は今のままにして、子供の心理やメディアに原因を見いだそうとしていないだろうか。一番おかしいのは、今の国の教育の内容と制度なのだとなぜ言えないのか。このことはもう誰でもわかっているが、言ったところで変わりそうもないから誰も言わないのか。もちろん、メディア環境は大きく変わっている。家庭は崩壊し、他人とのコミュニケーションが断絶している反面、たとえ地球の裏側にいる人とでもメールの送受信ができるし、携帯電話でいつでも会話ができるという今の状況をどう理解すればいいのか。「近く」が荒廃し、「遠く」がつながっている。「近く」は伝わらず、「遠く」が伝わる。もともと、テクノロジーは「遠く」を扱うものであるのだとすると、テクノロジーによって僕たちのコミュニケーションの「相手」が変わってしまった。

 ナイフで人を刺し、「人を殺してみたかった」で小学生を殺す少年や幼児を虐待する少年、かたや自分の子供を虐待する親や餓死させる親。人間というのは、どうやら、安全で快適で、衣食に不自由しないだけではなく、それ以外の「なにものか」が必要なのだろう。その「なにものか」について、この社会はなにももたらしてくれなかった。この文章の冒頭で、20世紀は経済をめぐる時代、つまり「どうやってカネもうけをしたらいいのか」に明け暮れた時代であったと書いた。20世紀前半は「もうかる」ためには他国を侵略して植民地を持つことだった。後半になると「もうかる」ためには、財やサービスを製品として販売することだった。だから、より大きな組織、より大きな権力を持っている方が有利だった。しかしながら、21世紀はこの「なにものか」をめぐる時代、「思考や意識や観念やアイディアをどのように他者に伝えるか」が重要になる時代になるだろう。(「どのように他者に伝えるか」とは「どのように他者にわかりやすく伝えるか」という意味だけではない。「わかりにくさ」も伝える内容であることもある。)そのためには、大きな組織でなくてはならないとか、大きさ権力を持っていることは必要ない。むしろ、じゃまになる。なぜか。

 結局、僕たちが直面しているものはコミニュケーションなのである。(「コミニュケーション」というのは便利な言葉で、この一言で宗教から家庭から学校から職場から、なにからなにまで諸事全般のことを扱える便利な言葉だ)20世紀のコミニュケーションは、「これが正しい」「これが効率的だ」という「強い情報」が主体となってきた。親は子供にそう伝え、教師は生徒にそう伝え、企業はユーザにそう伝え、会社の管理職は部下にそう伝えてきた。今の子供たちや若者は、このコミニュケーションが合わない、好きではないのである。このコミニュケーションには、先に述べた「なにものか」が欠落しているのだ。また、会社でよく言われるセリフに「自発的にやれ」という言葉がある。しかし、抑圧的でヒエラルキー的な階層の組織の中で「自発的にやる」というのは、そうしたモロモロのことをはねのけて「自発的にやれ」といっていることになる。本質的に「弱い」立場にいる「自発的にやる」人に、精神的にある種のタフネスさを要求しているわけである。これでは、発揮されるべき自発性も限られる。何度も言うが、自発性というものは、もともと「弱い」ものだからだ。

 人は、自分から進んである関係を持とうとする時は「弱い」ものだ。会社が個人、つまり「(弱い)自発性」あるいは「バルネラビリティ(傷つきやすさ)がある情報」を扱うことができないのはここに原因がある。これは国でも、家庭でも、学校でも同じだ。しかし、例えばニフティのフォーラムで「これが正しい」「これが効率的だ」というメッセージを書いたところで、相手が「そうだよな」と納得しなければ「つながり」はできない。当たり前のことであるが、コミニュケーションとは「つながり」なのである。相手との相互編集性がなくては「つながらない」。ネットワークでは、「ここがわかりません」とか「動かないんです」とかいった「弱い情報」の発信から「つながり」が生まれる。ネットワークの本質は共有するということだ。「つながり」こそ資源なのである。国や企業やマスコミや学校や親のコミニュケーションは、最初から「相手との相互編集性」を否定しているから「つながらない」のだ。親や教師や会社が「そんなことはない、ちゃんとお前の言い分も聞いちゃる。さあ、なんでも話してみい。」といっても、その裏に隠れている権威的なもの、威圧的なものを子供や若者や今のユーザはすぐに察知してしまう。「弱さ」の力が大切なのである。「つながら」なくては、企業も商売ができなくなった。商業行為こそ、実は最もコミニュケーション的なものであり、コミニュケーションの中に含むことができるものだったのである。本来、商業の目的とは、営利ではなくコミニュケーションだったのだ。経済的合理性や効率性を一部とした、もっと大きな経済の考え方が必要なのである。そして、20世紀の最後に生まれたインターネットは、21世紀にたくす最後の「つながる」コミニュケーションの場である。

 20世紀の最後に、いくつかの新しいシーズ(種)が生まれた。21世紀は、個人がこのシーズを育てていくことから始まるだろう。もう、国や会社やマスコミや学校と「つながる」ことはできない。「つながり」たいとも思わない。自分で自分の「つながり」を作っていこう。生きる意味は、安易にオウムなんとかといった団体や組織に求めるのではなく、自分の感性で探していこう。モノではない「なにものか」というのは、いわゆる宗教や思想ではないのだ。

(00/12/31)

(01/02/04)一部文章加筆・訂正