大域結合カオスのコンピュータミュージックへの応用
平野砂峰旅
shirano@nn.iij4u.or.jp
大域結合カオスのアルゴリズムを用いて制作された、2つの作品"Emergination","Ping-Bang"を紹介することによって、作品に共通して使われている大域結合カオスのコンピュータミュージックへの応用例を示す。また、その他の応用の可能性について考察する。
Computer music works with Globally coupled map.
Saburo Hirano
shirano@nn.iij4u.or.jp
Chaos elements which is connected by "globally coupled map"(= GCM) are
used in my computer music works "Emergination" and "Ping-Bang". This paper
introduces GCM itself. Next It explains how to use GCM for the two works.
And we discuss about possibility of the other GCM application for music.
1:大域結合カオスについて。
カオスそのもののコンピュータミュージックへの利用は、既に多くの文献で語られているので、ここでは省略してまず大域結合(GCM:Globally
Coupled Map)カオス[1],[2]について概説する。まず、カオスジェネレーターなるものを考える。一般的な例として
X(n+1)=1-αX(n) 2 というロジスティックマップを考える。この式の形態からもわかるように、カオスは、前回の出力を次回の入力にする。ここでは、このようなカオスジェネレーターを複数用意し、それぞれの出力を平均し、その値を各カオスジェネレーターの入力にフィードバックすることを考える。N個のカオスジェネレータが存在したときのi番目のカオスジェネレーターX(i)の挙動は、以下の式で表現される。
Xn+1(i)=(1-ε)f(Xn(i) )+(ε/N)Σf(Xn( j ))
j
ただし、ここでf(x)=1-αX2
[Fig 1] "Globally Coupled Map"
上記のモデルを図示したのがFig1である、このモデルには、相反する2つのパラメータが存在している。ひとつは、個々のカオスジェネレーターのカオスの強さを与えるα、もう一つは全体の平均との結合の強さを与えるεである。このモデルでは、2つのカオスジェネレーターが非常に近い値をとっていたとしても、やがてその差は大きくなっていく、これは、カオスの基本的な特性として、初期値の微小な違いに敏感に反応するからである。この性質によってカオスジェネレーターの振動の位相は、ばらばらになろうとする。一方、平均との結合は、カオスジェネレーターの振動を揃えようとする方向に働く。実際に、この2つのパラメータを変えて数値計算をすると、大域結合の強さεが大きければ、各カオスジェネレーターは、完全に引き込んで振動する状態(コヒーレント相状態))するようになり、逆にカオスの強さαが大きければ各カオスジェネレーターの振動は完全にばらばらな状態(乱流相状態)になってしまう。ここで、面白いのは、この2つの中間の2つの状態秩序相状態と部分秩序相状態のときである。特に部分秩序相状態の場合、カオスジェネレーターは引き込んで振動するいくつかの集団(クラスター)にわかれ、それぞれのクラスターの中のカオスジェネレーターは揃って(同位相で)振動するようになるが各クラスター毎にその振動の位相や振幅、周期は異なってくる。さらに、時間の経過とともに各クラスターが一度崩壊しその後再びいくつかのクラスターに分かれるが、この時に以前と同じカオスが同じ構成のクラスターになるとは限らない。このようにクラスターが秩序化し崩壊しまた別のクラスターになる現象をカオス的遍歴という。
2:サウンドインスタレーション”Emergination”の例について。
"Emergination" ! は、インタラクティブサウンドインスタレーションで、1995年10月6〜8日に東京ドイツ文化センターで行われた<<音・電子メディア>>というイベントに出品された。ここでは、その作品に用いられた、GCMアルゴリズムと作品の関係に焦点をあてて述べていく。"Emergination"の構成を、Fig2に示す。個のセンサーからは、観客の動きやセンサへの信号が、マイクロホンからは、会場内の音や、観客の話声、もの音がD4ドラムモジュールに入力され、MIDIのnote
信号に変換され、コンピュータに入力される。コンピュータでは、GCMアルゴリズムがプログラムされており、外部からの環境情報にによって出力が変化する。この出力は再びMIDI信号に変換されて、シンセサイザーに入力される。 "Emergination"では、GCMアルゴリズムでは16個のカオスを結合したものを使用した。ここで、各カオスジェネレータの出力は、マルチティンバーのシンセサイザーの16個のパートに割り当てられていて、それぞれが16あるMIDIチャンネルに対応している。各パートの音色は、まったく同じ音色が割り当てられているが、シンセサイザーの8個の音声出力に2チャンネルづつ割り当てられていて、それぞれの出力はミキサーによって4チャンネルにミキシングされている。前節で述べたように、GCMを規定するパラメータとして、カオスのα、初期値、とすべてのカオスに共通の結合度εがある。
[Fig 2] "Emergination" Block Diagram
"Emergination"では、αと初期値は、プログラム起動時にαと初期値は、乱数であたえられる。また、εはマイクロホンからの入力レベルが大きいほど、小さくなる(結合が弱くなる)。例えば、αが大きくてεが小さい場合には、発散するカオスジェネレータがある、その場合にはそのカオスジェネレータをしばらく停止させた後、再び初期値とαを乱数により与えるここで、各カオスジェネレータの出力値は、シンセサイザーの以下のパラメータをコントロールしている。
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周波数:MIDIのピッチベンド情報を利用して、1オクターブを127ステップの精度で制御している。それぞれのカオスの出力値が127段階に量子化されてそれぞれのMIDIチャンネルの音源を制御している。
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発音タイミング:各カオスジェネレータは、同一のクロックに同期して演算を行う。そのため、演算結果がでる度にそのまま、音源を発音するように制御すれば、16の音源が同時に発音することになる。そこで、各カオスの出力値によって各音源の出力タイミングを遅らせている。
上記の制御の結果、シンセサイザーからの出力音は、カオスジェネレータの出力が大きな値をとるほど、タイミングが遅くかつ高い周波数で発音される。次に、センサーの果たす役割について説明する。展示室内の四方に設置された8個のセンサーは、人の接近を関知する焦電センサーに普通のテンキーがついているものを使用した。各カオスジェネレータはプログラム起動時に、4個のラウドスピーカのいずれか一つ、もしくは隣り合うスピーカの中間の位置の計8箇所のいずれかから発音されるようになっており、それぞれのカオスジェネレータは、発音位置のセンサーの影響を受けるようにプログラムされている。まず、焦電センサーにより人が接近した場合、そのセンサーの位置から発音されていた音
は、別の位置から発音される。また、センサーにとりつけられたテンキー(ここでは、単なるスイッチとしてしか機能していない)を押すとその位置で発音しているカオスジェネレータのαの値が増加する。αの値が増加したカオスジェネレータは、カオス的挙動を始めたり周期が変化したりする、そしてこの、出力は大域結合されているため、他のカオスジェネレータにも影響を及ぼす。そしてその影響度は、そのときの結合係数εによって決定される。
3:マルチメディアパフォーマンス”Ping-Bang”の例について
"Ping-Bang"は、マルチメディアパフォーマンスとして、1995年10月20日に京都ドイツ文化センターで行われた「日独メディアアート・フェスティバル京都'95」で演奏された。Ping-Bangは、MIBURI[S3]を演奏するパフォーマのソロ作品で、演奏によって、リアルタイムに音楽を生成しており、また映像のいくつかのパートもMIBURI
" の演奏情報によってコントロールされている。Fig3.にサウンド部分のブロック図を示す。MIBURIの演奏情報はMIDI信号で出力されPowerBook165に入力される。このPowerBookでは、MIBURIのデータを前処理し、次のGCMアルゴリズムが実行されているPowerBook180に必要なデータのみを送る役目と映像生成用のMacintoshにprinterポートより映像コントロール(Macro
Mind Directorのフレーム制御とQuick Time Movieのスクライビング)のデータを送る役割を持つ。ここでは、その作品に用いられた、GCMアルゴリズムと作品の関係に焦点をあてて述べていく。

[Fig 3] "Ping Bang" Block Diagram
Ping-BangはAパート、Bパート、Cパートの3部構成をとっており、その中のBパートとCパートの伴奏部分が前節で説明したGCMアルゴリズムを利用している。BパートCパートにおいて、MIBURIから発音されるソロパートとMIBURIからのMIDIデータによってGCMアルゴリズムがコントロールされシンセサイザーから発音される伴奏部分で構成される。ここで、用いたアルゴリズムは全節で説明したGCMと同様に16個のカオスジェネレータを大域結合したものである。Ping-Bangでは、Bパートにおいて、16個のカオスジェネレータのうち4個をドラムサウンドに4個をパーカッションサウンドに、減衰音に6個、持続音に1個ベース音に1個を割り当て、Cパートでは、ドラムサウンドに4個をパーカッションサウンドに2個、減衰音に5個、ベース音に1個、持続音に4個を割り当てている。そして、いずれのパートにおいても各カオスジェネレータの出力値は、線形変換してMIDIのNote
Numberに割り当てられている。ただし、出力値がドラムとパーカッションサウンドにおいてはNote
Numberによって演奏されるピッチではなく打楽器を選択する用途に用いる設定になっているため、出力値によって異なる打楽器が演奏されることになる。また、この出力値は、その大きさによってFAST,MIDEUM,SLOWの3段階に分類される。この分類の結果で、カオスジェネレータのクロックを分周して、結果的に、それぞれの場合16分音符、8分音符、4分音符で発音する。これは、カオスジェネレータのクロックによって、複雑なリズムパターンを作り出す役割を果たしている。また、4個づつあるドラムとパーカッションは、コンサート会場の四方に設置された4個のスピーカーからそれぞれ出力されるように設定されていて、空間的に配置された打楽器演奏音を実現している。
次に、MIBURIによる演奏と今まで述べてきた、伴奏部の関係について述べていく。MIBURIの演奏情報は、MIDIの情報としても出力される。、MIBURIのMIDIによる演奏情報の中で両肩の曲げのデータがMIDIのコントロールチェンジのデータとして出力されるのでこれを伴奏部のコントロールに利用した。肩の曲げデータは、腕が水平になった状態が最大値、腕を降ろした状態が最小値になるようになっている。このデータが大きくなる程GCMのεの値が大きくなるようにした。つまり、腕が上がるにつれて、それぞれのカオスジェネレータが同期して一定の値を出力されるようになる。腕を上げた状態のときにドラムパートでは、スネアドラムが選ばれるようにNote
Numberを設定した。こうすることにより腕を上げることによってスネアドラムのロールが演奏され、さらにこのときはFASTまたはMIDEUMが選ばれるため、伴奏全体が盛り上がった感じを作り出している。GCMアルゴリズムを用いることにより、連続的な伴奏パートのコントロールがεという単一のパラメータで可能になる。
4:考察
ここまでに、GCMを利用した例を2つ紹介した。聞いた感じはかなり異なると思うが同じアルゴリズムを使用しても、それをどのように応用するかによってかなり違った表現が可能かということが示せたと思う。今回発表したある、アルゴリズムに基づいた作曲方法は、アルゴリズミックコンポジションと言われている。しかし、逆の見方をして、アルゴリズムの出力を音に変換していると捕えれば、これは可聴化(sonification
or auralization)と呼べるのではないだろうか?コンピュータグラフィックスの世界では、可視化(visualization)の分野が既に確立されて久しいが、音の世界でこれに相当するのが可聴化である。例えば、Emerginationの例で言えば、作品を聞くということは、GCMアルゴリズムのふるまいを音に変換して聞いていることになる。ちなみに、この作品を聞くことで現在、コヒーレント相の状態から乱流相状態までの4つの状態の移り変わりが、おおよそではあるが、多少の訓練または、説明で聞き取れるようになる。今回の作品では、GCMを直接発音するためのデータとして用いている。しかし、各カオスジェネレータを各演奏者モデルに当てはめて考えると時間とともに、クラスターの構成要素が変化していくモデルは、指揮者不在の合奏で演奏者同士の呼吸によって、お互いに演奏の呼吸を併せたり、ソロをとるために他の演奏者よりも多少逸脱した表現をしたりといった、合奏モデルの解析やインプリメントに利用できないだろうか?
また、サウンドスケープデザインへの応用も考えられる。"Emergination"の中でも扱ったように、アイデアとして次のようなものが考えられる。近年、公共空間にいろいろな形で音楽や音がデザインされるようになってきた。"Emergination"でも見られるように、周囲の環境の変化に適応して生成されるような音のデザインは、音そのものだけでなく、音とまわりの環境との文脈を考慮してなされるサウンドスケープデザインのひとつの手法となり得るであろう。さらに、GCMアルゴリズムを用いることにより、単純なシステムでカオス的遍歴にみられる、多様に変化、適応していくデザインが可能になる。
謝辞
大域結合カオスの存在を教えていただき更に、音楽への適用に関して議論していただいた東大の金子邦彦教授並びに、金子研究室の柴田氏を初めとする学生の方々に深謝します。また、"Ping-Bang"に関して、その映像を制作された、京都精華大学の伊奈新祐助教授、MIBURIの演奏を担当された国立音楽大学の大渓氏に感謝します。
参考文献
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金子邦彦:科学 「カオス、CML、複雑系」July 1992
Vol.62 No.7 P432-434
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金子邦彦:日経サイエンス「多様性を生み出すカオス」May
1994 P34-41