近頃、夏に打ち水をすることが流行り始めている。筆者の住む近所の国道沿いの商店街でも行なわれている。昔は何処でも打ち水が行なわれていたものである。単に涼感があるというだけではなく、日射によって熱せられた路面を冷やして、実際に周囲の気温を下げる効果が期待できる。その趣旨にはおおいに賛成である。ただ、近頃の打ち水を目にして、ひとつ疑問が湧いて来る。何故か8月の下旬に行なわれることが多いのである。つまり立秋(8月8日頃)をかなり過ぎて、暦の上ではすでに秋なのである。何故そんな時期に打ち水をするのか?
まず立秋について考えて見よう。「暦の上では」などと言うと、何やら迷信じみたイメージを抱き勝ちだが、決してそうではない。昼が一番長いのは夏至で、一番短いのは冬至、春分と秋分は昼と夜が同じ長さということは誰でも知っているだろう。さて、立秋というのは、夏至と秋分のちょうど真中なのである。つまりこの日からは、太陽の運行を基準にして考えるなら、秋分に近くなる、つまり秋になる。これが「暦の上では秋」という意味なのである。
そんなことを言っても立秋を過ぎてもまだまだ暑いじゃないかという反論が聞こえて来そうである。確かにそのとおり。これは実際の季節が太陽の運行とは一致していないということである。特に日本は海に囲まれている。海水は熱容量が大きい。つまり熱しにくく冷めにくい。だから太陽の運行より季節が遅れるのである。
もう少し具体的に気象学の概念で説明すると、夏の前に梅雨があるが、これは太平洋の高気圧と北のオホーツク海の高気圧がちょうど日本付近でせめぎ合うことによって起こる。しかしやがて太平洋の高気圧が優勢になって日本全体を覆う。これが梅雨明けで、こうなると南から暖かくて湿った空気が吹き込んで非常に暑くなる。これが日本の夏である。やがて太平洋高気圧が弱まると再びオホーツク高気圧とのせめぎ合いとなる。これが秋淋。梅雨明けは、年によっても地域によっても異なるが、目安としては7月の中旬くらい。秋淋は9月の中旬くらい。この間の2ヶ月弱程が日本の盛夏である。このような太平洋高気圧に覆われて暑くなるという現象は、たとえ全国一斉に打ち水をしたところで解消しない。スケールが違いすぎる。
しかし、夏が暑いのはこれだけによるのではない。日射によって地表が熱せられて、それによって地表に接する空気が熱せられる効果も大きい。こちらはまさに、
熱せられた地面を打ち水によって冷却
すれば効果が期待できる。アスファルトの路面は日射によって60℃にもなることがある。これを冷却すれば良いわけである。
したがって、打ち水は日射が強い場合ほど効果が高いと言える。そこで先程の立秋のことが問題になる。
夏至の日にはもっとも昼が長いことは既に述べたが、この日はまた、太陽の高度が最も高い日でもある。この日の南中時(正午)の太陽高度は、北緯35度では78.5°になる。これは天頂(90°)にかなり近い。ほとんど真上から太陽が照りつけることになる。したがって
この日が最も日射が強い。
夏至を過ぎると日差しはだんだん弱くなる。立秋(8月8日頃)は夏至と秋分の真中であるが、春分と夏至の真中が立夏(5月6日頃)で、この立夏と立秋では太陽高度、日差しがほぼ同じなのである。したがって、8月下旬の日差しの強さは4月中旬程度に過ぎないのである。果たして打ち水にどの程度の効果があるだろうか?
計算によって検証してみる。
まず、下のフォームでは緯度、太陽黄経、時刻を与えて[計算]ボタンを押すと、その時の太陽高度角が求められる。
太陽黄経は
春分
0°
夏至
90°
秋分
180°
時刻は12時が南中である。
緯度
° 太陽黄経
° 時刻
時
太陽高度角
°
次に、日射エネルギーを考える。
日射エネルギーは、地球大気の上層では1.4kw/m
2
程度である。これはどの程度の強さだろうか?電気ストーブを使う人はあまりいないだろうが、だいたい1kw程度である。6畳間にこれ1台ではあまり暖かくない。しかし、上記の1.4kw/m
2
というのは、
6畳間に電気ストーブを10台
も置いた場合に相当する。これは非常に暑いことは間違いない。
この大きな日射エネルギーがそのまま地表に達するわけではない。雲があれば当然遮られるし、他にも大気によって吸収される部分もある。しかしひとつの目安として、この値で考えることはできるだろう。
地表面が受ける日射エネルギーは、日射が斜めから当たればそれだけ弱くなる。太陽高度角をhとすれば、地表面が受ける日射エネルギーは1.4kw/m
2
にsin(h)を掛けたものになる。したがって、上のフォームのように、季節(太陽黄経)、時刻から太陽高度角を求めれば、そのときの地表面の日射エネルギーを求めることができる。
ということで、梅雨明け頃の大暑(7月23日頃)と、8月下旬の処暑(8月23日頃)について、太陽高度と日射エネルギーを計算してみた結果が下の表である。なお、緯度は35°とした。
7時〜17時の日射エネルギーの合計は、大暑では11.24kwh/m
2
であるのに対して、処暑では10.33kwh/m
2
で、約1割ほど小さい。さらに、この計算では
1
太陽高度が低いということは影が長いということで、したがって直射日光を受ける地表面積が小さくなる。
2
太陽高度が低いということは日射が到達するまでに大気の層をより長く通過するが、このために大気による吸収の割合が多くなる。
といったことを考慮していない。これらを考えれば両者の差はさらに大きくなるだろう。
この結果から、打ち水をするのはやはり梅雨明け頃から立秋頃までが最も効果がありそうだと言えるだろう。それはちょうど
夏の土用
の頃、鰻を食べる頃である。
立秋を過ぎても暑い日は続くし、日射も決して弱くはないから、打ち水が意味が無いとは言わない。しかし、肝心の土用を外すなら、「画竜点睛を欠く」と言うべきだろう。
2005.8
ザ・ランス