バレンタイン・デーに絡む与太話


 バレンタイン・デーにチョコレートを贈る風習の起源については諸説あるようだが、朝日新聞(2000.2.9)夕刊に平沼洋司さんが書いている説もかなり有名なものであろう。いわく、神戸のモロゾフの創業者の一人(日本人)が昭和の初めころに宣伝したというものだ。
 一方、「コスモポリタン製菓」という名前も出て来る。これについては信州大学の中野康明先生のページにも書かれており、私から中野先生にお伝えしてそのページに載せて頂いた話とも重複するのだが、司馬遼太郎「街道をゆく」の「神戸・横浜散歩」にバレンタイン・F・モロゾフという人が登場する。
 モロゾフ氏は両親とともにロシア革命から避難してきた。父君以来「チョコレートのモロゾフ」氏であったが、その商標使用権はその後、他に移った。
 法律というのはおもしろいもので、モロゾフは自然人としての姓ではあっても、法人には冠せられなくなり、戦後、コスモポリタン製菓を興し、その代表取締役になっている。
 モロゾフ氏の名前がバレンタインなのも象徴的である。勿論、聖バレンタインから名前を貰ったんだろう。キリスト教はようわからんが、「守護聖人」とでも言うんだろうか?そんな因縁があるんだから、モロゾフ氏はバレンタイン・デーに人一倍の思い入れがあったとしても不思議はなかろう。
 コスモポリタンも神戸では有名な洋菓子屋で、三ノ宮のど真ん中、センター街から京町筋を南へ折れた所に店舗を構えている。看板には確かに「Cosmoplolitan」と書かれた下に「Valentine F Morozoff」の文字が見える
 昔、このコスモポリタンの真向かいに「主婦の店ダイエー」の神戸一号店があった。今や凋落のダイエーだが、当時は大変な繁盛で店内は大混雑のため、母がダイエーで買い物をする間、子供だった私達は外で待つのが常だった。その時、北隣の宝石店と向かいのコスモポリタンのショウウインドウを見て時間を潰したものだ。(南隣の本屋は、大人の立ち読みには何も言わないくせに、子供が漫画本など見ようとするとすぐ取り上げるひどい店だった。一度父がその店で本を買おうとするので、私と妹は店の日頃の「罪状」を言いたてて買うのを思い止まらせ、溜飲を下げたものだ。子供をなめたらあかんで(^o^))
 ところで、この京町筋を海側へ少し行った所に「宮城道雄生誕の碑」がある。あの筝曲家が神戸生まれだったことを私は最近まで知らんかったけど、その碑からは30分おきに「春の海」が流れている。
 こうなると、ダイエーはなんで「プランタン」を三ノ宮駅に持ってったんや(もう潰れたんか?)、という気がしてくる。プランタン Printemps て「春」やろ?「バレンタイン・デー」は小鳥が巣作りを始める日と言われてるそうで、ま、西洋の立春やろう。ここにプランタンがあれば「春の三点セット」ができるやん。京町筋を「春通り」とでも改めて・・・いや、「通り」はあかん